設備保全DX・AI活用

【設備保全コスト最適化 #1】後手に回る理由と構造分析

設備管理コストは「前年度と同じ予算で」という曖昧な基準で決まりがち。老朽化加速と技術者減少という2つの圧力に対して、なぜ今すぐ体系的な管理が必要なのかをデータで解説。

2026年2月11日24分で読める

1. 老朽化の不可逆的加速 - 2033年転換点の必然的な流れ

1-1. 社会インフラ老朽化の時限爆弾 - 築50年超6割という臨界

国土交通省[1]の長期予測データが示す数値は、単なる「老朽化の進行」という段階的変化ではなく、構造的な転換点の到来を意味している。2023年時点において、建設後50年を経過する社会資本の割合は橋梁32%、トンネル27%、河川管理施設24%であったが、

わずか10年後の2033年にはこれが橋梁63%、トンネル47%、河川管理施設42%へと倍増する。この急激な変化の背景にあるのは、1960~70年代の高度経済成長期に「集中的かつ同時期に」整備された社会資本が、設計上想定された耐用年数を一斉に超過するという、

時系列上避けられないタイムラグの明らかになるである。

さらに深刻なのは、これらの社会インフラの多くが「更新」ではなく「延命」により対応されている現実である。Nikkei Asiaの分析によれば、日本では年間3,000件以上の道路陥没事故が2004年以降継続的に発生しており、その多くが下水管の老朽化に起因している。

財政制約と労働力不足により、本来必要な根本的更新が先送りされ、応急的補修による延命措置が常態化しているのである。この「更新から延命へ」のシフトは、短期的にはコスト抑制に見えながら、長期的には累積リスクの蓄積と緊急対応コストの増大という悪循環を生み出している。

1-2. 製造業設備の静かなる危機 - 先進国最下位という現実

民間製造業の設備老朽化は、公共インフラ以上に深刻でありながら、その実態は社会的認知度が低い。日本経済新聞[5]の2024年3月の報道が明らかにしたのは、日本の工場設備が先進国中で最下位レベルの老朽化状態にあり、かつ設備更新投資も他国と比較して停滞しているという二重の構造問題である。

特に石油・化学・素材産業におけるプラント設備は、その建設コストの巨大さ(数百億円~数千億円規模)ゆえに20~30年以上の長期使用が設計前提とされており、実際に稼働中の設備の多くが当初想定を超える期間使用され続けている。

この長期使用の継続は、一見すれば「メンテナンス技術の向上により設備寿命が延長された」という技術的成功に見えるが、実際には3つの隠れたリスクを内包している。設計基準の陳腐化である。

1970~80年代に建設された設備は、当時の安全基準・環境規制に基づいて設計されており、現代の厳格化された規制要求に対して構造的に適合困難な状態にある。部品調達リスクの明らかになるである。

長期使用設備の制御システムや計器類は既に製造中止となっているケースが多く、故障時の代替部品確保が困難化している。保全コストの非線形的増大である。設備は使用年数とともに保全頻度と保全コストが加速度的に上昇するS字カーブを描くため、「まだ使える」状態の維持自体が急速にコスト非効率な選択となっていく。

IMARC Groupの市場分析によれば、日本のインフラ保全・修繕市場は2033年までに大幅な拡大が予測されており、これは老朽化対応需要の構造的増大を反映している。しかしこの市場拡大は、経済成長機会というよりも、過去の投資判断の先送りによる「ツケの支払い」の側面が強いと解釈すべきである。


2. 技術者供給の構造的崩壊 - 44%減少が意味する保全市場の地殻変動

2-1. 2045年546,000人という予測の持つ意味 - 需給逆転の不可避性

マイスターエンジニアリング[6]が2023年4月に公表した分析は、製造業・インフラ業界に静かな衝撃を与えた。機械修理技術者数は2000年の981,000人から2045年には546,000人へと44.3%減少する、という予測である。

この数値が示すのは、単なる「人手不足」という表層的問題ではなく、保全サービス市場における需給バランスの根本的崩壊である。前節で述べた設備老朽化による保全需要の急増と、本節の技術者供給の急減が同時進行することで、保全市場は2030年代に構造的な需給逆転局面を迎える。

この技術者減少の背景には、4つの不可逆的構造要因が存在する。第一に人口動態であり、Recruit Holdings のFuture Predictions 2040分析が示すように、日本の生産年齢人口(15-64歳)は2040年まで急速に減少し続け、

65歳以上人口は2044年まで増加し続ける。2030年時点で人口1.2億人に対して労働力不足が341万人、2040年にはこれが1,100万人まで拡大するという予測は、製造業技術者の確保が全産業間での争奪戦となることを意味している。

第二に産業構造の不可逆的シフトである。日本の労働市場はサービス業・IT産業へのシフトが加速しており、製造業、特にその中でも3K(きつい・汚い・危険)イメージの強い保全業務は、若年層にとって選択されにくい職種となっている。

Japan Todayの報道が指摘するように、日本は熟練エンジニア不足との戦いに苦しんでおり、技術、ヘルスケア、製造業における熟練人材の需要は極めて高い一方で、供給は構造的に不足している。

第三に技術継承の断絶であり、団塊世代・団塊ジュニア世代の大量退職により、暗黙知を含む保全技術の継承が物理的に不可能な時間的制約に直面している。設備保全業務は、マニュアル化困難な経験知・感覚知に依存する部分が大きく、ベテラン技術者の退職は単なる人数減少以上の技術力喪失を引き起こす。

第四に教育訓練期間の長期化である。設備の高度化・デジタル化により、一人前の保全技術者育成に要する期間は延伸しており、かつ従来の機械・電気知識に加えてIoT・AI・制御システムといった新領域の知識も要求されるようになっている。

この育成期間長期化は、技術者供給の時間的遅延を生み出し、需給ギャップの解消を一層困難にしている。

2-2. オーナー企業側の技術力空洞化 - 外注依存がもたらす複合リスク

技術者不足は、メンテナンス専門事業者のみならず、設備を保有するオーナー企業側でも同時並行で進行している。この「両側からの空洞化」は、保全品質とコスト管理の両面で深刻なリスクを生み出している。オーナー企業側の保全技術者減少は、以下の4つの経路で発生している。

第一に新規採用の困難化である。前述の産業構造シフトと労働市場の逼迫により、製造業での技術者採用は年々困難化しており、特に地方に立地するプラント・工場では採用自体が成立しないケースも増加している。

第二に定年退職による熟練層の流出であり、これは時系列上避けられない確実な減少要因である。第三に設備管理業務の外注化による社内技術力の意図的削減であり、短期的コスト最適化を志向した外注化が、結果として社内技術蓄積を放棄する選択となっている。

第四に他産業・他職種への転職流出であり、保全業務の労働環境やキャリアパスの魅力不足が、獲得した技術者の定着を困難にしている。

この社内技術力空洞化は、3つの複合リスクを生む。まず外注依存度の上昇による外注先管理負担の増大である。社内技術者が不在となることで、外注先の作業品質・コスト妥当性を評価する能力自体が失われる。

次に緊急時初動対応力の低下である。設備トラブル発生時の一次診断・応急処置を社内技術者が担えないことで、外注先到着までのダウンタイムが延長し、生産損失が拡大する。最後に戦略的保全計画策定能力の喪失である。

設備の状態を理解し、中長期的な保全・更新計画を策定する能力は、日常的な設備との関わりから生まれるものであり、外注依存が深まるほどこの戦略的判断力は失われていく。

2-3. コスト上昇の不可避性 - 市場メカニズムが生む価格転嫁圧力

技術者供給の構造的減少は、経済学的に見れば希少資源の価格上昇を必然的に引き起こす。この価格上昇は、3つの経路で保全コスト全体を押し上げる。

第一の経路は直接的な人件費上昇である。Japan's Productivity Puzzleに関するVoyen Groupの分析が指摘するように、労働力不足は国内M&Aと自動化投資の新たな波を引き起こしているが、技能集約的な保全業務では自動化の進展が限定的であり、

結果として人件費上昇が価格転嫁される。メンテナンス事業者は、希少化する技術者を確保・定着させるため給与水準を引き上げざるを得ず、このコスト増は外注単価の上昇として顧客企業に転嫁される。

第二の経路は予防保全から事後保全へのシフトによる間接的コスト増である。技術者不足により計画的な予防保全の実施余力が低下し、結果として事後保全(故障してから修理)の比率が上昇する。

事後保全は予防保全と比較して、緊急対応の割増料金、計画外停止による生産損失、二次故障リスクの増大という3つの要因により、トータルコストが大幅に高くなる。Recruit Holdingsの分析が示唆するように、限定労働供給社会では「計画的に仕事をこなす余裕」自体が失われ、

常に緊急対応に追われる高コスト構造が常態化する。

第三の経路は品質リスクのコスト化である。経験不足の技術者による作業は、手戻り・やり直しの発生確率を高め、また潜在的な施工不良が将来的な再故障を引き起こす。この品質リスクは、即座にコストとして明らかになるしないため見過ごされがちだが、中長期的には累積的な追加コストとして企業財務を圧迫する。


3. 「後手に回る」思考の構造分析 - 経験則依存がもたらす戦略的脆弱性

3-1. 5つの認知バイアスと意思決定の歪み

設備管理コストマネジメントが後手に回る現象は、組織的な怠慢や無知によるものではなく、むしろ一見合理的に見える5つの認知バイアスと意思決定パターンが構造的に生み出している。

これらのパターンは、過去の成功体験と現場の実務的制約から形成されたものであるがゆえに、組織内で疑問視されることなく再生産され続ける。

  • 第一のパターン:前年度準拠主義は「とりあえず前年度と同じ予算を積もう」という思考であり、一見すれば過去実績に基づく保守的判断として正当化される。しかしこのアプローチは、設備老朽化の非線形的進行と外部環境変化(技術者不足によるコスト上昇)を完全に無視している。設備保全コストは老朽化とともに加速度的に上昇するS字カーブを描くため、「前年度+α%」という線形的増加想定では、実際の必要額との乖離が年々拡大する。結果として、予算不足が常態化し、緊急対応と事後保全の比率が上昇し、さらにコスト効率が悪化するという悪循環に陥る。
  • 第二のパターン:集約管理による可視性喪失は「何となく他の機器よりお金がかかっている気がするが、詳細は不明」という状態であり、設備をアセット単位ではなく「XX工程まとめて△万円」という粗い単位で管理していることから生じる。この集約管理は、一見すれば管理業務の効率化として合理的に見えるが、実際には個別設備の費用対効果評価を不可能にし、「どの設備に優先投資すべきか」という戦略的判断の根拠を失わせている。ISO[10] 55000アセットマネジメント規格が求める「アセット単位での可視化」は、まさにこの集約管理の限界を克服するための国際標準である。
  • 第三のパターン:組織的分断は「設備投資になると全然別の部署」という状況であり、保全部門(OPEX管理)と設備投資部門(CAPEX管理)の組織的分離がもたらす最適化機会の喪失である。この分断により、「修理して延命」と「更新」という2つの選択肢のトータルコスト比較が行われず、結果として局所最適(各部門内での最適化)が全体最適(企業全体でのキャッシュフロー最小化)を阻害する。次回以降で詳述するEAC(等価年間コスト)手法は、まさにこのOPEXとCAPEXを統合評価するための財務工学的ツールである。
  • 第四のパターン:惰性による点検継続は「毎月・毎年やってる点検って効果があるのだろうか」という疑問を抱きながらも、リスク回避バイアスから現状維持を選択する思考である。「やめて事故が起きたら責任問題」という恐れが、点検項目の合理的削減を阻害し、結果として限られた予算と人員が低リスク設備の過剰点検に浪費される。API[11] 580/581等のリスクベースメンテナンス(RBM)規格が提供するのは、この恐れに対する科学的根拠であり、「削減しても安全」を定量的に証明する方法論である。
  • 第五のパターン:漠然たる不安と具体策の欠如は「設備も古くなってきたけど大丈夫かなあ」という感覚的懸念を抱きながらも、それを定量的リスク評価と対策立案に転換できない状態である。この状態は、データに基づく意思決定文化の欠如と、保全業務が経験知・暗黙知に依存してきた歴史的経緯から生じている。

3-2. 製造原価との非対称性 - 「見えにくいコスト」の本質的構造

設備管理コストが製造原価と比較して管理されにくい現象は、単なる経営層の関心度の問題ではなく、両者の本質的な構造的差異に起因している。この構造的非対称性を理解することが、設備コスト管理改革の出発点となる。

まず発生タイミングの差異である。製造原価は生産活動と同期して毎日・毎月発生するため、月次決算プロセスに自然に組み込まれ、経営層の定期的レビュー対象となる。一方、設備管理コストは計画保全(年次・半期)と突発故障(不定期)が混在し、この不定期性が月次管理サイクルへの組み込みを困難にしている。

さらに大規模修繕や設備更新は数年に一度の頻度であり、この長期性が予算管理の時間軸とミスマッチを起こしている。

次に因果関係の明瞭性の差である。製造原価は生産量との因果関係が明確であり、「生産量1%増加→材料費1%増加」という線形的関係が成立するため、予実管理と原因分析が容易である。

対照的に、設備管理コストは設備の劣化状態、運転条件、保全履歴という複数要因の複雑な相互作用により決定され、かつその関係は非線形的である。この因果関係の複雑性が、「なぜコストが増えたのか」の説明を困難にし、経営層の理解と承認を得にくくしている。

管理単位の差異も重要である。製造原価は製品別・工程別という明確な管理単位を持ち、個別原価計算により詳細な配賦が可能である。一方、設備管理コストは「設備別」管理が理想であるが、実務上は「部門まとめて」「工程全体で」という集約管理に陥りがちであり、この曖昧さが個別投資判断の根拠を失わせている。

予算精度の差も顕著である。製造原価は過去の生産実績と標準原価データベースにより高精度な予算策定が可能であるが、設備管理コストは突発故障の不確実性と老朽化の非線形性により、本質的に予測困難である。この予算精度の低さが、経営層からの信頼性低下と予算削減圧力を招く。

最後に、経営層の関心度の差は、上記4つの構造的差異の結果である。製造原価は損益計算書上で売上原価として明示され、利益率に直結するため経営層の最重要関心事となる。一方、設備管理コストは販管費や製造間接費に埋没し、かつその変動が利益に与える影響が見えにくいため、

相対的に関心が低くなる。しかし、この「見えにくさ」こそが、前述の老朽化・技術者不足という2つの圧力を無防備に受け入れる脆弱性の源泉なのである。


4. 2030年転換点 - 需給逆転がもたらす市場構造の不可逆的変化

4-1. 二重圧力の同時明らかになる - 需要急増と供給急減の複合危機

これまで論じてきた設備老朽化(保全需要の急増)と技術者減少(保全供給の急減)は、独立した別個の問題ではなく、2030年前後を転換点として同時に明らかになるする複合危機である。

経済学的に表現すれば、これは需要曲線の右方シフト(老朽化による保全需要増)と供給曲線の左方シフト(技術者減少による供給減)が同時発生する状況であり、市場均衡価格(保全サービス単価)の急騰が理論的に必然となる。

この複合危機が生み出す悪循環メカニズムは、以下の5段階で進行する。第一段階として老朽設備割合の上昇が保全工事需要を増加させる。前述の通り2033年には社会インフラの6割が築50年超となり、製造業設備も同様の老朽化カーブを辿るため、計画保全・予防保全の必要性が構造的に増大する。

第二段階として技術者供給制約が外注単価上昇を引き起こす。メンテナンス事業者は限られた技術者を確保するため給与水準を引き上げ、このコスト増は外注単価に転嫁される。 第三段階として外注単価上昇がオーナー企業の予算制約に直面する。多くの企業は前年度準拠主義で予算を策定しているため、外注単価の急騰に予算が追いつかず、発注量を削減せざるを得なくなる。 第四段階として予防保全の削減が事後保全比率を上昇させる。予算制約下では計画的予防保全が後回しにされ、「壊れてから直す」事後保全の比率が上昇する。第五段階として事後保全比率の上昇が緊急工事コストを増大させる。

事後保全は割増料金、生産損失、二次故障リスクにより予防保全の2~3倍のコストを要し、さらなる予算圧迫を生む。この5段階が循環することで、コスト上昇スパイラルが形成される。

この悪循環を断ち切る従来の解決策である「予算増額」「技術者採用」は、マクロ環境的制約により実現困難である。予算増額は他部門との予算配分競争と企業全体の収益性制約に直面し、技術者採用は労働市場全体の供給制約に直面する。

したがって、解決策は需要側の効率化(リスクベース保全による必要保全量の最適化)と供給側の生産性向上(DX・自動化による技術者一人あたり対応能力の拡大)の双方向アプローチが不可欠となる。

4-2. 「2030年問題」の多層構造 - 時限爆弾の連鎖的起爆

プラント産業で語られる「2030年問題」は、単一の問題ではなく、複数の時限爆弾が同一時期に連鎖的に起爆する多層構造的危機である。この問題の本質は、1970~80年代の高度経済成長期に形成された「設備」「技術者」「技術」という3つの資産が、設計上の想定寿命を同時期に迎えることにある。

  • 第一の時限爆弾:設備の物理的寿命到達である。1970~80年代に建設されたプラント設備は、2030年時点で築40~60年を迎える。これらの設備は設計上20~30年の使用を前提としていたが、実際には延命により使用され続けてきた。しかし2030年代にはもはや延命の限界に達し、一斉更新が不可避となる。この更新需要は企業の設備投資能力を超える規模であり、かつ更新工事を担う技術者・工事会社の供給能力も超えているため、「更新したくても更新できない」状況が発生する。
  • 第二の時限爆弾:技術者の生物学的限界到達である。1970~80年代に新卒入社した団塊世代・団塊ジュニア世代の技術者は、2030年時点で65~75歳となり、完全に退職する。日本の製造業・プラント産業は長期雇用を前提としており、これらのベテラン技術者が保有する設備固有知識・保全ノウハウは組織外に流出する。Recruit Holdingsの分析が示唆するように、この世代の一斉退職は労働力不足の決定的な転換点となる。
  • 第三の時限爆弾:技術継承の時間的限界到達である。技術継承には通常5~10年の徒弟的訓練期間を要するが、ベテラン技術者の退職時期と若手技術者の採用・育成期間との間にタイムギャップが生じている。2030年時点でこのギャップは埋めがたい溝となり、継承されるべき技術が継承されないまま消失する「技術的空白期間」が発生する。
  • 第四の時限爆弾:投資の時間的集中である。上記3つの問題が同時発生することで、保全コスト・設備更新投資・技術者採用育成コストが2030年代に集中的に発生する。この投資集中は企業のキャッシュフロー計画を圧迫し、かつ投資の優先順位付けを極めて困難にする。どの設備を優先更新すべきか、どの技術者を優先採用すべきか、という判断は、体系的なコストマネジメントとリスク評価の枠組みなしには不可能である。

現在は2026年である。2030年まで残り4年しかない。この時限爆弾への対応を「後手に回す」余裕は、もはや存在しない。


5. 体系的コストマネジメントへの戦略的転換 - 3要素統合アプローチの必然性

5-1. 経験則依存からデータ駆動意思決定へ - 3つの転換軸

前節までで明らかになったのは、従来の経験則依存型コスト管理が、2030年転換点を前に構造的限界に達しているという事実である。この限界を突破するには、単なる予算増額や効率化ではなく、コスト管理の思想と方法論そのものの根本的転換が必要となる。

次回以降の記事で詳細な実装方法を解説するが、ここではその全体像である「3要素統合アプローチ」の概念を提示する。

  • 第一の要素:アセット単位細分化による可視性確保である。従来の「XX工程まとめて△万円」という集約管理から、ISO 55000が求めるアセット・エンティティ単位での精緻なコスト管理への転換が必要となる。この細分化により、個別設備ごとの保全履歴・故障傾向・コスト推移が可視化され、「どの設備にいくら投資すべきか」という戦略的判断が可能になる。細分化は単なる事務作業の増加ではなく、意思決定の質的向上をもたらす投資である。設備台帳のデジタル化とCMMS(Computerized Maintenance Management System)/EAM(Enterprise Asset Management)システムの導入により、この細分化管理は実務的に実現可能となっている。
  • 第二の要素:リスクベース評価による戦略的取捨選択である。「前回・前年度踏襲」という惰性的意思決定から、リスクマトリクス(故障確率×影響度)に基づく科学的優先順位付けへの転換が必要となる。すべての設備を同等に扱う「平等主義的保全」は、限られた予算と技術者を非効率に配分する。API 580/581(石油・化学産業)、EN 50126(鉄道産業)等の産業別リスクベースメンテナンス規格が提供する方法論により、高リスク設備への重点投資と低リスク設備の点検削減という戦略的メリハリが可能になる。この取捨選択は「手抜き」ではなく、リスクを定量評価した上での合理的資源配分である。
  • 第三の要素:OPEX-CAPEX統合によるライフサイクル最適化である。保全部門が管理する運転コスト(OPEX:修理・点検費用)と設備投資部門が管理する資本コスト(CAPEX:更新・改造費用)を統合し、常にトータルライフサイクルコストが最小となる選択肢を採用する意思決定への転換が必要となる。この統合を可能にするのがEAC(Equivalent Annual Cost:等価年間コスト)という財務工学的手法であり、異なる時間軸・異なるコスト構造を持つ選択肢(例:「毎年500万円かけて修理継続」vs「2,000万円で更新して以後コスト削減」)を年間コストベースで比較可能にする。この統合評価により、組織的分断がもたらす局所最適の罠を回避できる。

5-2. 転換の緊急性 - 「後手」から「先手」へ

本記事が一貫して論じてきたのは、設備管理コストマネジメントの体系化が「望ましい改善」ではなく「生存のための必然」であるという事実である。2030年転換点まで残り4年という時間的制約下で、以下の3つの転換を今すぐ開始する必要がある。

  • 第一の転換:「過去と同じで...」→「アセット単位で細分化」である。前年度予算踏襲という受動的姿勢から、設備ごとの状態とリスクを能動的に把握する姿勢への転換である。この転換により、漠然とした不安が定量的リスク評価に変わり、経営層への説明根拠が確立される。
  • 第二の転換:「経験的には...」→「リスクベースで評価」である。ベテラン技術者の経験知を否定するのではなく、それを定量的リスク評価という形式知に変換し、組織的資産として蓄積する転換である。この転換により、技術者退職後も保全判断の質を維持できる。
  • 第三の転換:「壊れてから...」→「ライフサイクルコスト最適化」である。事後保全の高コスト体質から脱却し、予防保全と計画的更新による低コスト体質への転換である。この転換により、技術者不足下でも限られたリソースを最大効率で活用できる。

これら3つの転換を統合したアプローチが、老朽化・技術者不足という避けられないマクロ環境的圧力に対して、企業が「後手」ではなく「先手」で対応するための唯一の道である。次回記事では、この3要素の具体的実装方法を、実践事例とともに詳述する。


まとめ - 構造的転換の不可避性

本記事が明らかにした設備管理コストマネジメントの構造的課題は、以下の4層で構成されている:

  • 第一層:老朽化の不可逆的加速である。2033年に社会インフラの6割が築50年超に達し、製造業設備は先進国最低レベルの老朽化状態にある。この老朽化は1960~70年代の集中投資の必然的結果であり、「更新」ではなく「延命」で対応してきたツケが2030年代に一斉に明らかになるする。
  • 第二層:技術者供給の構造的崩壊である。機械修理技術者は2000年の981,000人から2045年には546,000人へと44%減少し、この減少は人口動態・産業構造変化・技術継承断絶という3つの不可逆的要因により加速する。2030年時点で労働力不足は341万人、2040年には1,100万人に達する見込みであり、製造業技術者確保は全産業間での争奪戦となる。
  • 第三層:経験則依存の認知的限界である。「前年度同額」「集約管理」「部門分断」「惰性継続」「漠然たる不安」という5つの思考パターンが、一見合理的に見えながら実際には戦略的脆弱性を生み出している。製造原価との構造的非対称性(発生タイミング・因果関係・管理単位・予算精度)が、この経験則依存を強化している。
  • 第四層:2030年転換点の多層構造である。設備の物理的寿命、技術者の生物学的限界、技術継承の時間的限界、投資の時間的集中という4つの時限爆弾が、2030年前後に連鎖的に起爆する。現在2026年、残された時間は4年である。

この4層構造が示すのは、設備管理コストマネジメントの体系化が「望ましい改善」ではなく「生存のための必然」であるという事実である。老朽化・技術者不足というマクロ環境的圧力は企業の意思では回避不可能であり、対応可能なのは自社のコスト管理体制の転換のみである。

次回記事では、この転換を実現する3要素統合アプローチ(アセット単位細分化、リスクベース評価、OPEX-CAPEX統合)の具体的実装方法を、実践事例とともに詳述する。


参考文献

[1] 国土交通省「社会資本の老朽化の現状と将来予測」
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/02research/02_01.html

[2] Aging infrastructure a major roadblock to Japan's future | Nikkei Asia

[3] Widespread Road Collapses Hit Japan Amid Aging Infrastructure Crisis

[4] Japan Infrastructure Maintenance and Repair Market 2033 | IMARC Group

[5] 日本経済新聞「工場設備、先進国最低レベルで老朽化」(2024年3月15日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA277WD0X20C23A9000000/

[6] マイスターエンジニアリング「超重要インフラメンテナンス人材不足調査」(2023年4月)
https://www.mystar.co.jp/news/pdf/news_20230428.pdf

[7] Future Predictions 2040 in Japan: The Dawn of the Limited-Labor Supply Society | Recruit Holdings

[8] Japan's Productivity Puzzle: How Labor Shortages are Driving a New Wave | Voyen Group

[9] Japan struggling to fight shortage of skilled engineers | Japan Today

[10] ISO 55000シリーズ(アセットマネジメント国際規格)
https://www.iso.org/standard/55089.html

[11] API 580/581(石油・化学産業リスクベース検査)
https://www.api.org/products-and-services/individual-certification-programs/programs/api-580

次回予告

第2回: 設備管理コストマネジメントを成功させる3要素

要素①: アセット単位での適切な細分化の実践

要素②: リスクベース評価による取捨選択

要素③: EAC(等価年間コスト)による意思決定

従来手法との具体的な対比事例

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