【工場・プラント防爆最前線 #2】防爆エリア精緻化の進め方 - ガイドラインの骨格と実践アプローチ
防爆エリア精緻化の先行事例(JSR・日産化学・三井化学)と具体的成果を示した上で、4つのガイドラインの関係性、「危険区域評価」と「自主行動計画策定」の二本柱、ピンポイント評価の基本思想、目的設定から官庁申請に至る電子機器利活用ジャーニーの全体像を解説する。
前回の記事では、日本の防爆規制の全体像を整理した。4つの法律が絡み合う規制体系、Zone 0/1/2の危険区域分類、そして2015年のIEC規格改定から2025年の消防危第140号に至る規制改革の経緯である。
では、エリア精緻化を実施すると現場では具体的にどのような変化が起きるのか。本記事ではまず先行企業による精緻化の成果を示した上で、精緻化を支える4つのガイドライン・解説書の構造、ガイドラインが示す「危険区域評価」と「自主行動計画策定」の二本柱、ピンポイント評価の基本思想、そして目的設定から官庁申請に至る電子機器利活用の全体像を論じる。
1. エリア精緻化の先行事例 - 何が実現できるのか
1-1. 精緻化がもたらす成果パターン
危険区域の精緻化は、既にいくつかの企業で実施され、経産省ガイドライン解説書[1]やドローン活用事例集[2]において具体的な成果が報告されている。以下に代表的な3社の事例を示す。いずれも経産省ガイドラインに基づく危険区域精緻化と自主行動計画の策定を実施し、電子機器の利活用に着手した事例である。各都道府県消防には通達が配布されており、それに沿った対応を行っていると推察される。
JSR千葉工場(千葉県・電子機器利用) は、ユニット全体を評価した結果、建屋屋内のみを危険区域と判定し、屋外は基本的に非危険区域となった。これにより定置型の電子機器についても非防爆機器の導入が可能となったが、JSR千葉工場の方針として非定常作業を考慮し、非危険区域であっても定置型の電子機器については防爆仕様の機器を設置することを原則としている[1]。精緻化の結果を最大限活用しつつも安全側に判断するこの姿勢は、後述するガイドラインの基本思想——保安レベルの維持——と合致するものである。
日産化学富山工場(富山県・タブレット端末導入) は、製品倉庫の危険区域を再評価し、危険距離を定めた上で非危険区域を設定した。評価対象となった製品倉庫全体の面積は914.99平方メートルであり、再評価の結果、非防爆仕様のハンディターミナルが選択可能となって導入コストが削減されたほか、倉庫の受け入れ・払い出し業務をQRコードの読取りで管理可能となった[1]。従来は防爆仕様のハンディターミナルしか選択肢がなく機器の種類も極めて限られていたが、精緻化によって汎用機器への切替えが実現し、現場業務のデジタル化が一気に進んだ事例である。
三井化学市原工場(千葉県・ドローン導入) は、工場全体(4プラント)の危険区域を再評価した結果、工場全体に占める危険区域の割合が34%から2%へ縮小する見込みとなった[1]。設定が完了した1プラントでは稼働中プラント上空でのドローン飛行を実施しており、今後は非防爆のタブレット端末を使った点検システムの導入も予定されている。危険区域の割合がここまで劇的に変わり得るという事実は、建設時の設定がいかに保守的であったかを端的に示している。
1-2. 事例から読み取れる共通点
3社の事例に共通するのは、まずいずれも明確な導入目的(電子機器利用、タブレット導入、ドローン導入)を持って精緻化に着手している点である。「とりあえず精緻化してみよう」ではなく、達成したい現場課題が先にあり、その解決手段として精緻化を位置付けている。
また、精緻化の結果が非防爆の汎用電子機器の導入という具体的な成果に直結している点も共通する。前回の記事で論じた通り、防爆仕様の機器は通常品の5〜10倍以上の価格帯となることが珍しくないため、精緻化によって汎用機器が使用可能となれば、「先ずやってみる」のコスト感でDXに着手できるようになる。
加えて、精緻化は一律の結果をもたらすものではなく、プラントの特性に応じた個別の評価結果が得られる点にも注目すべきである。JSR千葉工場では屋外が非危険区域と判定されつつも安全側の運用を選択し、三井化学市原工場では危険区域の割合そのものが劇的に縮小した。対象の選定から運用方針に至るまで、事業者ごとに異なる判断が求められる。
2. 現行ガイドラインの全体像 - 4つの公的文書とその関係性
2-1. 精緻化を支える4つの文書
前節の事例で示した精緻化を実際に進めるにあたって、参照すべき文書は大きく4つ存在し、それぞれが異なる役割を担いつつ相互に補完し合う構造となっている。
- 経産省ガイドライン(2019年4月発行、2020年1月改定版が現行)[3]: IEC 60079-10-1 Edition 2.0を基に、防爆エリアの精緻化プロセスと自主行動計画の策定方法を定めた精緻化の中核文書。解説範囲は防爆エリア精緻化と自主行動計画事例
- ユーザーのための工場防爆設備ガイド(TR_No44)(2012年11月初版、2020年10月改正)[4]: 労働安全衛生総合研究所が発行する技術指針。防爆対策の基本、防爆機器・電気配線、自主行動計画の策定等を技術範囲とし、経産省ガイドラインとのエリア精緻化整合性が確保されている
- 経産省ガイドライン解説書(2021年3月)[1]: ガイドライン発行後、事業者が判断に迷い実際のプラントでの精緻化が進まなかった実態を踏まえ、より理解しやすい形にかみ砕いた詳細解説書。図表・事例が付与されている
- 産総研 危険物区域計算Excel(2020年4月提供開始)[5]: 経産省ガイドライン内の危険度区域分類をグラフ化したExcelファイルとその使用マニュアル。放出特性や換気度の定量計算を支援する具体的計算ツール
2-2. 4文書の位置付け
4文書の関係を整理すると、経産省ガイドラインとTR_No44が精緻化の「骨格」を成し、経産省ガイドライン解説書が詳細な解説(図表・事例付与)を、産総研Excel計算ツールが具体的な計算手段を提供するという構造になる。事業者としては、まず経産省ガイドラインとTR_No44で全体像と技術的根拠を把握し、次に解説書で実務上の疑問を解消した上で、実際の計算は産総研Excelツールを用いて実行するという流れが想定されている。これら4文書が2019年から2021年にかけて段階的に整備されたことは、前回の記事で論じた3省庁による計画的な制度整備の一環として理解できる。
3. 危険区域精緻化ガイドラインの骨格 - 「危険区域評価」と「自主行動計画策定」
3-1. ガイドラインの二本柱
経産省ガイドラインは、A: 危険区域評価とB: 自主行動計画策定の二本立てで構成されている[3]。IEC 60079-10-1 Edition 2.0(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議が策定した爆発性雰囲気に関する国際規格)の技術的バックボーンに基づき、保安レベルを低下させることなく電子機器の利活用を安全に推進することが基本思想である。
A: 危険区域評価はガイドラインの技術的中核を成す。具体的には、対象エリア内の放出源を特定し、混合ガスが爆発下限界(LEL: Lower Explosive Limit、爆発性雰囲気を形成する可燃性ガスの最低濃度)を下回るまでの距離を同定する。機器が設計仕様の範囲内で稼動している状態において、Zone 2(爆発性雰囲気が通常運転中には生成せず、生成しても短時間しか持続しない区域)として判定される範囲を定量的に特定するプロセスである。 B: 自主行動計画策定は、危険区域評価の結果を踏まえ、当該エリアに初めて非防爆電子機器の利用を開始する際に、残存するリスクを低減するために事業者自らが策定する計画である[6]。経産省が公開するひな形には、対象設備の概要、評価結果、使用する電子機器の仕様、リスク低減措置、運用管理体制、緊急時対応手順等が含まれる。残留リスクの対処についてはTR_No44でも言及されており、両文書の整合性が図られている。
3-2. 基本思想 - 保安レベルの維持と作業
環境の正しい評価
ガイドラインの基本思想として、以下の点を押さえておく必要がある。
- 保安レベルを低下させることなく精緻に設定する——精緻化は「規制を緩和する」ことではなく「より正確にリスクを評価する」ことであり、現行の防爆指針が定める安全水準は維持される
- 従業員が従事している作業環境を正しく評価するという根底思想がある——建設時に安全側に倒して設定された危険区域は、現在の作業環境の実態を必ずしも反映していない
- 運転・保守・安全管理の実務を担ってきた熟練作業員の減少等により今後重大事故のリスクが増加するため、これに対応する形でプラント内での電子機器利活用を促進する[3]——対応しない場合に顕在化するリスクを緩和することが主目的であり、コスト削減はあくまで副次的な効果である
4. ガイドライン活用の実践 - ピンポイント評価と全体評価
4-1. 対象範囲の選定が成否を分ける
ガイドラインの活用にあたって事業者が最初に直面する問いは「どこから手をつけるか」である。経産省ガイドライン解説書[1]は、この問いに対して明確な方向性を示している。目的無く闇雲にエリアを狭めるのではなく、ピンポイントで効果的に電子機器利用が効果的な範囲を同定し、当該領域に対して検討を進めるべきである。
4-2. ピンポイント評価アプローチ
推奨されるアプローチは、明確な目的と対象を持ち、ピンポイントで電子機器利用が効果的な範囲を同定した上で、当該領域の流体・形状の情報を収集して検討を進めるというものである。例えば「常時監視タイプの振動センサを取り付けるために、蒸留塔のチャージラインを評価しよう」といった具体的な課題設定がこれに当たる。このアプローチでは、必要な情報を最小限に抑えつつ、計算根拠となるフローの情報(圧力、温度、分子量等)を可能な限り精緻に調査し、運転情報やフロー性状が変化した場合には速やかに再度リスク評価できるよう準備しておくことが求められる。
前節の事例でいえば、日産化学富山工場が「製品倉庫のハンディターミナル導入」という明確な目的のもと、対象を製品倉庫に絞って精緻化を進めたことがこのアプローチの典型例である。
4-3. 全体評価アプローチの留意点
一方、ユニット全体や事業所全体など、特定の目的が無い状態でのリスク評価には注意が必要である。全体評価では各フロー性状をスペックシートベースで把握し、不明瞭な部分は広範囲でざっくり補完して評価せざるを得ない。幅広い範囲のリーケージエレメント(漏洩の可能性がある箇所——フランジ接合部、バルブグランド、ポンプシール等)を網羅的に特定する作業は実務上きわめて困難であり、何らかの仮定を置いた結果として危険サイドの評価になるケースも否定できない。
三井化学市原工場は工場全体(4プラント)を評価対象としたが、これはドローンの飛行可能エリアを工場横断で把握するという明確な目的があったためであり、目的なき全体評価とは本質的に異なる。
4-4. 運転情報変化への対応
精緻化は一度行えば完了するものではない。原料の変更、運転温度・圧力の変更、設備の改造等が生じた場合には危険区域評価の前提条件そのものが変わるため、速やかに再度リスク評価を実施する必要がある。精緻化とは静的な一回限りの作業ではなく、プラントの運転状態に応じて動的に管理していくプロセスである。
5. 電子機器利活用の全体像 - 目的設定から官庁申請までの6ステップ
5-1. 計算は活動の一部にすぎない
エリア精緻化と聞くと、ガイドラインの計算式やExcelツールの操作��意識が向きがちである。しかし実務において、危険区域評価の計算はプロセス全体の一工程にすぎない。電子機器の利活用を実現するまでの道筋——ここでは「電子機器利活用ジャーニー」と呼ぶ——は、以下の6ステップで構成される。
- ①目的設定・対象選定: どのような電子機器を、どのエリアで、何の目的で利用したいのかを明確にする
- ②事前準備: プロットエリア同定、P&ID(配管計装図)によるエリア同定、流体性状の推定、諸条件の整理
- ③危険区域評価: 開口部推計、放出率推計、換気度同定、危険エリア区分、危険距離推計(Zone 2のみ)
- ④自主行動計画策定: 残存リスクの低減措置、運用管理体制、緊急時対応手順等の計画策定
- ⑤所内リスクアセスメント実施: 社内安全審査の実施と関係部門との合意形成
- ⑥官庁申請・利用許可: 所轄消防等への申請手続きと利用開始
計算業務(③)については経産省ガイドライン[3]と産総研Excel計算ツール[5]を活用するのが基本であり、屋外設置かつ第2級放出源に限っては危険物保安技術協会(KHK)が計算評価を代行する業務も開始されている。しかし実務的には、前段の準備項目(①②)や後段の申請準備(⑤⑥)等、計算以外にも検討すべき項目は多岐にわたる。
5-2. 目的設定がジャーニー全体の成否を決める
6ステップの中で最も重要なのは、最初の①目的設定・対象選定である。第4章で論じたピンポイント評価アプローチと全体評価アプローチの分岐も、突き詰めればこのステップの精度に帰着する。
第1章の事例を振り返ると、日産化学富山工場は「製品倉庫でのQRコード管理」、三井化学市原工場は「稼働中プラント上空でのドローン飛行」という明確な目的を設定した上で精緻化に着手した。目的が明確であれば、②の事前準備で収集すべき情報の範囲も自ずと絞り込まれ、③の計算対象も限定されるため、全体の工数と期間を合理的にコントロールできる。
逆に、「とりあえず精緻化しておこう」という曖昧な動機で着手すると、②の事前準備段階で対象エリアが際限なく広がり、③の計算量
が膨大となって④以降のステップに到達しないまま頓挫するリスクが高い。目的の不在は単にスタート地点の問題ではなく、ジャーニー全体を機能不全に陥らせる構造的な要因となり得る。
5-3. ジャーニーの各ステップで求められる体制
6ステップを俯瞰すると、各ステップで求められる知見と関与部門が異なることがわかる。①の目的設定にはDX推進や現場運営の視点が不可欠であり、②の事前準備と③の計算にはプロセスエンジニアリングや設備保全の専門知識が求められる。④の自主行動計画策定では安全管理部門の関与が必須となり、⑤の所内リスクアセスメントでは経営層を含む意思決定が、⑥の官庁申請では規制対応の実務経験がそれぞれ必要となる。
すなわち、精緻化は特定の部門が単独で完結できる業務ではなく、DX推進・設備保全・プロセス技術・安全管理・総務法務といった複数部門が連携して初めて実現するプロジェクトである。次回の記事では、③の危険区域評価における具体的な計算方法——産総研Excelツールの操作と計算ロジック——を詳しく解説する。
📚 連載:工場・プラント防爆最前線
- 防爆規制の基礎知識 — 4つの法律と危険区域分類の全体像
- ▶ 防爆エリア精緻化の進め方 — ガイドラインの骨格と実践アプローチ(この記事)
参考文献
ガイドライン・事例
[1] 経済産業省「プラント内における危険区域の精緻な設定方法に関するガイドライン 解説書」(2021年3月)- JSR千葉工場、日産化学富山工場、三井化学市原工場の事例を収録
[2] 石油コンビナート等災害防止3省連絡会議(総務省消防庁、厚生労働省、経済産業省)「プラントにおけるドローン活用事例集 Ver3.0」(2021年3月)
https://www.meti.go.jp/press/2021/04/20210414002/20210414002-1.pdf
[3] 経済産業省「プラント内における危険区域の精緻な設定方法に関するガイドライン」(2020年1月)
https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/sangyo/hipregas/files/20200121_1.pdf
[4] 独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所「ユーザーのための工場防爆設備ガイド」(2012年11月発行、2020年10月改定版)
https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/doc/tr/TR_No44.pdf
[5] 国立研究開発法人 産業技術総合研究所「プラント内における危険区域の精緻な設定方法に関するガイドライン 計算ツール」(2020年4月)
https://riss.aist.go.jp/sanpo/2020guideline/
[6] 経済産業省「プラント内における非防爆機器の安全な使用方法に関する自主行動計画(ひな形)」(2020年1月)
https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/sangyo/hipregas/files/20200121_3.pdf
国際規格
[7] IEC 60079-10-1:2015 (Edition 2.0), Explosive atmospheres - Part 10-1: Classification of areas - Explosive gas atmospheres
https://webstore.iec.ch/en/publication/23265
