ハウツー・現場実践

EAM(Enterprise Asset Management)とは何か — 概要・真の目的・成功事例から学ぶ設備資産管理の本質

EAM(企業資産管理)の定義とCMMSとの構造的差異、ISO 55000の国際標準化の系譜、ライフサイクルコストの氷山構造、バスタブカーブとワイブル分析による更新判断の定量的基盤、スキポール空港・PDO・Network Rail・JR東日本E235系のグローバル成功事例、日本の設備老朽化の実態と保全費用構造、EAM成熟度モデルの5段階を体系的に論じる。

2026年3月1日27分で読める
EAM(Enterprise Asset Management)とは何か — 概要・真の目的・成功事例から学ぶ設備資産管理の本質

1. EAMの定義と射程 - CMMSとの構造的差異

1-1. 「保全管理」と「資産経営」の間にある断層

EAM(Enterprise Asset Management)とは、企業が保有する物理的資産のライフサイクル全体――計画・調達・設計・建設・運転・保全・更新・廃棄――を統合的に管理するためのシステムおよび経営手法である。ここで重要なのは「統合的に」という点にある。

多くの製造業が導入しているCMMS(Computerized Maintenance Management System)は、日々の保全業務を効率化するためのシステムであり、作業指示書の発行、保全スケジュールの管理、部品在庫の追跡、作業履歴の記録が主な機能となる。CMMSの守備範囲は「保全業務のオペレーション管理」に限定される。設備が壊れたときに迅速に修理し、定期的な点検を漏れなく実施するという、いわば「かかりつけ医」の機能である。

一方、EAMはCMMSの機能をすべて包含したうえで、調達・購買管理、財務・会計連携、リスクマネジメント、コンプライアンス管理、資本計画(CAPEX管理)までカバーする。この差異は単なる機能の多寡ではなく、「設備を管理対象として見るか、経営資産として見るか」という視座の違いに起因する。

管理領域

CMMS

EAM

日常保全管理(作業指示・スケジュール)

部品在庫管理

資産ライフサイクル管理

△(限定的)

調達・購買管理

×

財務・会計連携(減価償却・CAPEX)

×

リスクマネジメント(RBI/RBM)

×

コンプライアンス管理

×

資本計画・更新投資判断

×

EAMベンダーの市場構造を見ると、IFS社が2024年のGartner Market Share調査においてグローバルEAM市場シェア19.4%で4年連続首位に立ち、IBM Maximo、SAP、Hexagon(旧Infor EAM)がこれに続く[2]。Gartnerは2019年を最後にEAM分野のMagic Quadrant発行をMarket Guide形式に切り替えており、EAM市場が「成熟市場」と位置づけられていること自体が、この分野が「新しい概念」ではなく「導入すべき基盤」であることを示唆している。

1-2. ISO 55000が体系化したアセットマネジメントの国際標準

EAMの概念を国際的に標準化したのが、ISO 55000シリーズ(アセットマネジメント規格)である。この規格の成り立ちには、英国の産業界が先導した標準化の歴史がある。

2004年、英国規格協会(BSI)とInstitute of Asset Management(IAM)が共同でPAS 55:2004を策定した。これは物理的資産の最適化管理に関する世界初の公的仕様書であり、2008年の改訂版では15業種・10カ国から50組織が参画するまでに規模が拡大した。このPAS 55を母体として、2014年1月にISO 55000シリーズ(ISO 55000、ISO 55001、ISO 55002)が発行され、2024年には大幅改訂が行われている[3]

ISO 55000が特に重視するのは、資産管理を「組織の戦略目標の達成手段」として位置づける点にある。設備を管理すること自体が目的ではなく、設備管理を通じて事業目標を達成すること――PAS 55がアセットの物理的管理に焦点を当てていたのに対し、ISO 55001は物理的資産にとどまらず財務資産・人的資本・情報資産・無形資産にまで適用範囲を拡張しており、経営戦略と資産管理の接続がより明確になった。

認証取得の動向を見ると、2023年のISO Survey時点でグローバルのISO 55001認証件数は997件・2,449サイトに上る[4]。注目すべきは、2019年時点で国別の認証取得数において日本が世界第1位であった事実である[5]。2020年6月末時点で国内62組織がJIS Q 55001(ISO 55001)認証を取得しており、仙台市の下水道事業(2015年、国内初)を皮切りに、愛知県流域下水道、積水化学工業、JFEエンジニアリング、東芝インフラシステムズ、クリアウォーターOSAKAなど、上下水道分野を中心に認証取得が進んでいる[5][6]


2. ライフサイクルコストの実態 - EAMが解くべき構造的課題

2-1. 「氷山の一角」としての設備取得費

EAMの必要性を最も端的に示すのが、ライフサイクルコスト(LCC)の内訳構造である。

米国エネルギー省(DOE)、Hydraulic Institute、Europumpが共同で実施した産業用ポンプシステムのLCC分析[7]によれば、典型的な中規模産業用ポンプの15-20年間の総コスト構造は以下のとおりである。

コスト項目

構成比

エネルギーコスト(運転)

約40%

保全・修繕費

約25%

取得費(購入・初期投資)

約10%

その他(設置、運転労務、環境、ダウンタイム、廃棄)

約25%

初期投資が全体のわずか10%にすぎないという事実は、設備投資の意思決定において「購入価格の比較」だけでは全体の1割しか最適化できないことを意味する。残りの90%は運用フェーズのコストであり、CMMSの守備範囲である保全管理はその90%のうちの一部(25%前後)しかカバーしない。EAMがカバーする調達・運転・更新判断・廃棄までの全体を統合的に管理しなければ、LCC最適化は原理的に不可能である。

さらに、保全コストの構造にも「見えないコスト」が存在する。Wienker et al.(2016)の研究が提示した「保全コストの氷山モデル」[8]では、直接的な保全コスト(部品費、労務費、外注費)は全体の約20%にすぎず、残りの80%は生産損失、品質不良、安全リスク、環境影響、在庫保持コスト、エネルギー浪費、設備寿命の短縮といった間接コストが占めるとされる。つまり、保全予算の「見えている部分」だけを管理しても、実際の経済的インパクトの2割しか制御できていないということである。

2-2. 計画外ダウンタイムの経済的インパクト

保全コストの氷山構造において、最大の間接コスト要因が計画外ダウンタイムである。

Siemens社が2024年に発表した「The True Cost of Downtime」[9]によれば、世界の大手製造業・インフラ企業上位500社が被る計画外ダウンタイムの経済損失は年間合計約1.4兆ドル(約210兆円)に達し、これは対象企業の売上高の約11%に相当する。2019-2020年時点では8,640億ドル・売上高比約8%であったことから、ダウンタイムの経済的インパクトは拡大を続けている。この増加の背景には、生産設備の高度化に伴う1時間あたりダウンタイムコストの上昇と、グローバルサプライチェーンの複雑化による波及損失の拡大がある。

こうした損失を抑制する手段として、予知保全(PdM:Predictive Maintenance)の有効性を定量的に示したのがDeloitte社の調査[10]である。同調査によれば、予知保全技術の導入によりダウンタイムの35-45%削減予期しない故障の70-75%排除保全コストの25-30%削減が達成されている。米国エネルギー省FEMP(Federal Energy Management Program)のデータ[11]も同様の傾向を示しており、事後保全から予知保全への転換で30-40%のコスト削減が報告されている。

重要なのは、これらの予知保全効果を実現するためには、設備のマスターデータ、保全履歴、運転データ、センサーデータが統合された基盤――すなわちEAMプラットフォーム――が前提条件となる点である。予知保全のアルゴリズムがいかに高精度であっても、入力データが設備台帳と紐づかず、保全履歴との相関分析ができなければ、実運用に耐えうる保全判断は生成できない。

2-3. バスタブカーブとワイブル分析 - 更新判断の定量的基盤

EAMが提供する経営価値のなかで、とりわけ実務上の意思決定に直結するのが設備の最適更新時期の判断である。

設備の故障率の時間的推移は一般に「バスタブカーブ」として知られる3つのフェーズで記述される。初期故障期(製造不良や組立エラーによる減少型故障率)、偶発故障期(ランダムな一定故障率)、そして摩耗故障期(劣化・腐食・疲労による増加型故障率)である。ワイブル分布の形状パラメータβによってこれを定量化すると、β<1で初期故障、β=1で偶発故障(指数分布と等価)、β>1で摩耗故障を示す[12]

産業設備における典型的なβ値を見ると、一般的なボールベアリングでβ≒1.3(特性寿命η≒50,000時間)、ガスタービン用ベアリング(適切な保全下)でβ≒2.0、化学プラント環境下のベアリングでβ≒1.3(水分・化学物質汚染により散布が大きくなる)といった特性を示す[12]

ここで実務上重要なのは、MTTF(平均故障間隔)を交換周期として使用することの誤りである。MTTFの時点で、すでに全体の50-60%のコンポーネントが故障しているため、MTTFベースの時間基準保全(TBM)は構造的に過小な保全頻度を設定することになる。正しい最適交換時期は、計画交換コストと非計画停止コスト(一般に計画交換の3-10倍)を変数とした、単位時間あたりの総コスト最小化問題として定式化される。

この計算にはワイブル分布の信頼度関数R(t)と故障確率関数F(t)を用いるため、設備ごとの故障履歴データの蓄積が不可欠となる。EAMシステムが資産単位で故障履歴・保全記録・運転条件を体系的に蓄積する理由は、まさにこの統計的最適化の基盤データを提供するためである。CMMSが記録する「何を修理したか」だけでは不足で、「どの条件下で」「何時間後に」「どの故障モードで」壊れたかという多次元データの紐づけが求められる。


3. グローバル成功事例の構造分析

3-1. スキポール空港 - 80,000資産のデジタルツイン統合

オランダ・アムステルダムのスキポール空港(年間約7,000万人の旅客を取り扱う欧州第3位のハブ空港)は、EAM導入の成功事例として最も体系的に公開されたケースの一つである[13]

同空港が管理する資産は80,000点以上に及び、7,000エーカーの敷地に滑走路、照明システム、ネットワーク設備、情報端末、消火設備が分散している。IBM Maximo EAMを中核に据え、Maximo IT(インシデント自動優先順位付け)、Maximo Anywhere(現場サブコントラクター向けモバイル端末)を組み合わせたシステムを構築し、インシデント報告からサービス対応までの時間を1分以内に短縮した。

注目すべきは、同空港がBIM(Building Information Modeling)プロセスをMaximoに統合し、空港全体のデジタルツインを構築している点である。3D BIMモデル内のすべての資産情報がMaximoと連動し、サブコントラクターが3Dモデル上で資産を確認しながら保全作業を実施できる体制を実現した。さらにWatson IoTを活用した予知保全を段階的に導入し、HVAC(空調)システムの最適化ではポンプエネルギー消費の88%削減(年間約82,000ユーロのコスト削減・CO2排出375トン削減)を達成している[13]

この事例が示す構造的な教訓は、EAMの効果がデジタルツインやIoTとの統合によって指数関数的に高まるという点にある。資産台帳のデジタル化(Phase 1)→ データ統合と可視化(Phase 2)→ 予測分析とシミュレーション(Phase 3)という段階的な成熟が、投資対効果を段階的に拡大させる構造を形成している。

3-2. PDO(Petroleum Development Oman) - 調達プロセスの構造改革

中東オマーンの国営石油企業Petroleum Development Oman(PDO)は、12カ所の拠点にまたがる60,000点以上の保全対象資産をIBM Maximo EAMで統合管理している[14]

同社の事例で特筆すべきは、EAMの効果が保全業務の効率化にとどまらず、調達・在庫管理という「保全の周辺業務」にまで構造的な変革をもたらした点にある。EAM導入前、年間約192,000品目の調達に25,579件の署名が必要で、調達プロセスは46のステップで構成されていた。クラウドベースのIBM Maximo Application Suiteへの移行により、この調達プロセスを46ステップから14ステップへ集約し、年間約2,300時間(フルタイム従業員1名分相当)の工数削減を達成した。加えて年間約70,000枚の紙の使用を廃止し、完全なペーパーレス化を実現している。

この事例は、EAMの価値が「保全業務の高度化」だけでなく「関連業務プロセス全体の合理化」にあることを実証している。CMMSの視点では調達プロセスの非効率は管理対象外であるが、EAMの視点ではそれも資産ライフサイクルコストの一部として最適化対象に含まれる。

3-3. Network Rail(英国) - 30,000構造物のリスクベース投資最適化

英国の鉄道インフラ管理者Network Railは、20,000マイル(32,000km)の軌道30,000の橋梁・トンネル・高架橋を管理する世界有数の資産集約型組織である[15]

同社はCopperleaf Decision Analytics Solutionを導入し、既存の複数のライフサイクルコストモデルを単一のシステムに統合した。これにより、すべての投資案件のコスト・便益・リスク・パフォーマンスを統一的に評価できる体制を構築し、新たな投資シナリオの生成を従来の数週間~数カ月から10分に短縮している[15]

同社が2025年にEAMソリューションの情報提供依頼(RFI)を発行し、2030年を見据えた次世代EAMプラットフォームの評価を開始していることは、大規模インフラ管理者にとってEAMが一過性のシステム投資ではなく、継続的に進化させるべき経営基盤であることを示している。

3-4. JR東日本 - E235系のCBMによる保全パラダイム転換

日本の鉄道分野でEAMの思想を体現しているのが、JR東日本が山手線E235系で実装した状態基準保全(CBM)である[16]

2015年に導入されたE235系には、INTEROS(Train Condition Monitoring System)が搭載されており、推進系・ドア・空調・インフラとのインタラクションを常時モニタリングし、膨大な運転ビッグデータを生成する。JR東日本はPARC(Palo Alto Research Center)と連携し、ドアシステムの予知保全CBMを開発、故障種別分類で95%以上の精度を達成した。PARCのMOXI技術は90%以上の精度を低い誤警報率で実現しており、世界最高水準の乗車密度を持つ山手線での実証が完了している。

この取り組みの本質は、従来の「時間基準保全(TBM)=一定周期で部品交換」から「状態基準保全(CBM)=劣化の実態に基づいて最適タイミングで介入」への転換にある。架線設備についても、営業列車の走行データから変位情報を取得し、箇所別の劣化率を特定したうえで修繕タイミングを最適化する体制を構築している。


4. 日本の現在地 - 設備老朽化と保全費用の構造

4-1. 進行する設備の高経年化

日本の製造業における設備老朽化は、すでにデータが明確に示す段階に入っている。

日本機械工業連合会の「生産設備保有期間実態調査」(2018-2019年実施)[17]によれば、導入から10年以上経過した生産設備の割合は62.4%に達しており、更新投資の遅延が常態化している。JIPM(日本プラントメンテナンス協会)の2023年度メンテナンス実態調査[18]でも、保有設備に対する「高経年設備」の割合は50%超と報告されている。

社会インフラについても同様の傾向が顕著である。国土交通省のデータ[19]によれば、道路橋の37%がすでに建設後50年以上を経過しており、2040年にはこの割合が75%に達する。トンネル25%→52%、河川管理施設22%→65%、港湾施設27%→68%と、いずれのインフラ種別でも高経年化が加速する。

この老朽化に対する投資の実態を見ると、帝国データバンクの「2025年度の設備投資に関する企業の意識調査」[20]では、投資内容の1位が「設備の代替」60.8%(調査開始以来初の60%超え)であり、「既存設備の維持・補修」30.7%と合わせると、投資の9割以上が既存設備の維持と更新に充てられている構造が浮かび上がる。新規の生産能力拡大ではなく、既存設備の延命・更新に投資が集中せざるを得ない状況は、まさにEAMによるライフサイクルコスト最適化の必要性を裏付けている。

4-2. 保全費用の実態と「見えないコスト」

JIPM(日本プラントメンテナンス協会)のメンテナンス実態調査[18]によれば、総保全費の出荷金額に対する比率は2020年の3.0%から2022年に2.7%とわずかな変動幅に留まる一方で、維持更新費の比率は2021年の1.3%から2022年に3.3%へと急増している。この急増は、先送りされてきた更新投資が臨界点に達しつつあることを示唆する。

保全費の内訳構成を見ると、予防保全費用が28.6%で最大であり、計画的保全費用(予防保全+計画修理+予知保全)の合計は57.8%に達する。一方、設備管理・保全の業務量は増加基調にあり、自社従業員の60.2%、外注業者の36.3%が業務量の増加を実感している。とりわけ高経年設備への対応については、増加と減少の差が57.5ポイントと突出しており、老朽化対応の負荷が現場を圧迫している実態が数字に表れている。

国土交通省の将来推計[19]は、この構造的課題の帰結を明確に示している。社会インフラの維持管理・更新費を事後保全で対応した場合、30年間の累計コストは約250兆~280兆円に達するのに対し、予防保全を徹底した場合は約180兆~190兆円と約3割(70-90兆円)の削減が可能となる。事後保全を続けた場合、30年後の年間維持費用は2018年度比で約2.4倍に膨張するのに対し、予防保全では約1.3倍に抑制される。この数十兆円規模の差分こそが、EAMによるライフサイクル最適化の経済的ポテンシャルを端的に示している。


5. EAM成熟度モデルと実装の道筋

5-1. 5段階成熟度モデル - 自社の現在地を特定する

EAMの導入を検討する際、まず必要なのは自組織の現在地を客観的に把握することである。Winston Ledet(1999)が提唱し、その後業界標準として定着した保全成熟度モデル[11]は、組織の保全体制を5段階で評価する。

  • レベル1: 事後保全(Reactive) — 壊れるまで使い、壊れたら直す。計画性がなく、突発対応が常態化している。保全コストが最も高く、ダウンタイムも最大
  • レベル2: 予防保全(Preventive) — 時間基準の定期保全を実施。作業指示書と保全スケジュールが文書化される。CMMSの導入はこの段階に相当する
  • レベル3: 状態基準保全(Condition-Based) — センサーやモニタリングによる設備状態の把握に基づき保全を実施。データからの傾向分析が始まる段階
  • レベル4: 予知保全(Predictive) — 機械学習等のアルゴリズムで複数パラメータから故障予測を行い、計画的なシャットダウン期間内で保全を実施。EAMの本格的な価値が発揮される段階
  • レベル5: 処方的保全(Prescriptive) — AIが故障予測だけでなく最適な対処法まで推奨する。自律的な意思決定支援が実現し、保全リソースの全体最適化が達成される段階

米国エネルギー省FEMPのデータ[11]によれば、事後保全から予防保全への移行で12-18%、予防保全から予知保全への移行でさらに8-12%のコスト削減が見込まれ、事後保全から予知保全への直接移行では30-40%のコスト削減が報告されている。

日本の製造業の多くはレベル1-2に位置しており、「CMMSを導入したが、結局Excelから離れられない」という状況はレベル2の入口で停滞していることを意味する。レベル3以上に進むためには、設備マスターデータの標準化、保全履歴のデジタル化、センサーデータの収集体制という3層のデータ基盤が必要であり、これがEAM導入の実質的な出発点となる。

5-2. データ基盤の3層構造 - Garbage In, Garbage Outの原則

EAMの成熟度を引き上げるうえで最も重要かつ見落とされがちなのが、データ基盤の整備である。いかに高機能なEAMシステムを導入しても、投入するデータの品質が低ければ、出力される分析結果も信頼に足りない。

整備すべきデータ基盤は以下の3層で構成される。

  • 第1層: 設備マスターデータ — 設備台帳の標準化(命名規則、分類体系、属性情報の統一)。ここが整備されていなければ、設備単位のコスト分析も故障パターン分析もできない。「機器A」「A号機」「Aライン設備」が同一設備の異名として散在している状態では、データの集約自体が不可能である
  • 第2層: 保全履歴データ — 過去の作業記録、故障履歴、部品交換記録のデジタル化。ワイブル分析による最適交換時期の算出には、設備ごとの故障モード・故障時間・運転条件の紐づけデータが不可欠となる
  • 第3層: 運転データ — センサーデータ、運転ログ、計測値の収集・蓄積体制。予知保全(レベル4)に進むための前提条件であり、IoTインフラの整備を伴う

実務上のポイントは、「最初から完璧なデータを目指さない」ことにある。まずは第1層の設備マスターデータの整備から着手し、段階的にデータの範囲と精度を拡充していくアプローチが現実的である。Gartnerが2025年3月に発行した最新のAPM Market Guide[2]でも、「2027年までに資産集約型組織の20%がAPMをEAMのモジュールとして導入する」と予測しており、APM(Asset Performance Management)の活用が拡大するのはまさに第2層→第3層のデータ蓄積が進んだ組織においてである。

5-3. AI統合とEAMの次の位相

グローバルEAM市場が年平均17.2%で成長している背景[1]には、AI・IoT技術との融合がある。McKinsey社の調査によれば、予知保全技術の導入により設備のダウンタイムを30-50%削減資産寿命を20-40%延伸できるとされている[10]

AIがEAMにもたらす変革は、次の3領域に集約される。

  • 故障予知と処方的保全 — センサーデータの異常パターンをAIが検出し、故障発生前に保全を実施するだけでなく、最適な対処法(部品交換か、条件変更か、運転パターンの修正か)まで推奨する
  • 自然言語処理による知識活用 — 保全報告書、技術マニュアル、過去の不具合報告といった非構造化データから、AIが自動的に知見を抽出・整理し、類似故障発生時の参考情報として提示する
  • 多変量最適化 — 保全スケジュール、部品在庫、人員配置、調達リードタイムを複合的に最適化し、全体コストを最小化する。スキポール空港のHVAC最適化(エネルギー88%削減)はこの実例にあたる

こうしたAI組み込み型のEAMは、CMMSや第一世代のEAMとは本質的に異なるカテゴリーのソリューションとして位置づけられている。データの蓄積と分析を前提に設計されており、運用を続けるほど予測精度と最適化効果が向上していく。成熟度モデルのレベル4-5に到達した組織にとって、AIはEAMの「追加機能」ではなく「運用基盤そのもの」となる。


参考文献

市場調査・業界レポート

[1] Grand View Research, "Enterprise Asset Management Market Size, Share & Trends Analysis Report, 2025-2030"

https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/enterprise-asset-management-market-report

[2] IFS, "IFS Ranked Number One in EAM Market Share in the Gartner Market Share: Enterprise Software, Worldwide, 2024" / Gartner, Market Guide for Enterprise Asset Management Software

https://www.ifs.com/news/cloud/ifs-ranked-number-one-in-eam-market-share

国際規格・制度

[3] ISO, "ISO 55000:2024 Asset management — Overview, principles and terminology"

https://www.iso.org/standard/83053.html

[4] ISO, "The ISO Survey of Management System Standard Certifications"

https://www.iso.org/the-iso-survey.html

[5] MSA, "ISO 55001(アセットマネジメントシステム)" / インフラト, "拡がるISO55001認証取得"

https://www.msac.co.jp/service/iso/iso55001

[6] 仙台市「日本初となるISO55001登録認証を取得しました」

https://www.city.sendai.jp/keekikaku-shomu/kurashi/machi/lifeline/gesuido/gesuido/gaiyo/iso55001.html

技術文献・調査レポート

[7] U.S. DOE / Hydraulic Institute / Europump, "Pump Life Cycle Costs: A Guide to LCC Analysis for Pumping Systems"

https://www.energy.gov/eere/amo/articles/pump-life-cycle-costs-guide-lcc-analysis-pumping-systems-executive-summary

[8] Wienker, M., Henderson, K. & Volkerts, J. (2016), "The Computerized Maintenance Management System: An Essential Tool for World Class Maintenance" — 保全コストの氷山モデル

https://www.researchgate.net/figure/Total-Costs-of-Maintenance-the-Iceberg-Model-Wienker-et-al-2016-p414_fig6_321883047

[9] Siemens, "The True Cost of Downtime 2024" (Senseye Predictive Maintenance)

https://blog.siemens.com/2024/07/the-true-cost-of-an-hours-downtime-an-industry-analysis/

[10] Deloitte, "Industry 4.0 and predictive technologies for asset maintenance"

https://www.deloitte.com/us/en/insights/industry/manufacturing-industrial-products/industry-4-0/using-predictive-technologies-for-asset-maintenance.html

[11] U.S. DOE FEMP, "Operations & Maintenance Best Practices Guide, Release 3.0" — 保全成熟度モデル、コスト削減データ

https://www.energy.gov/sites/prod/files/2020/04/f74/omguide_complete_w-eo-disclaimer.pdf

[12] Accendo Reliability, "The Bathtub Curve Explained" / EngineerFix, "Weibull Shape Parameter"

https://accendoreliability.com/the-bath-tub-curve-explained/

企業事例

[13] IBM, "Amsterdam Airport Schiphol Case Study" / Hysopt, "A Digital Twin for Schiphol Airport"

https://www.ibm.com/case-studies/amsterdam-airport-schiphol

[14] IBM, "Petroleum Development Oman LLC Case Study"

https://www.ibm.com/case-studies/petroleum-development-oman-maximo-watson

[15] Copperleaf, "Network Rail Case Study" / Microsoft, "Network Rail data-driven future with Azure"

https://www.copperleaf.com/company/our-clients/network-rail/

[16] Global Railway Review, "Condition-Based Maintenance for Japan's Railways" / JR East Technical Review (JRTR No. 67)

https://www.globalrailwayreview.com/article/61524/condition-based-maintenance-japan/

国内データ

[17] 日本機械工業連合会「生産設備保有期間実態調査」(2018-2019年実施)

https://www.jmf.or.jp/jmf/wp-content/uploads/2024/03/vin-last-report.pdf

[18] JIPM(日本プラントメンテナンス協会)「2023年度メンテナンス実態調査報告書」

https://info-jipm.jp/asset/wp-content/uploads/2024/07/MFFS2023.pdf

[19] 国土交通省「社会資本の老朽化の現状と将来」

https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/02research/02_01.html

[20] 帝国データバンク「2025年度の設備投資に関する企業の意識調査」(2025年5月)

https://www.tdb.co.jp/report/economic/20250528-2025capinvest/


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