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【設備保全コスト最適化 #3】予防保全からリスクベースドメンテナンスへ — POF/COF評価と産業別規格の実践ガイド

予防保全(TBM)の「一律点検」が抱える構造的課題を出発点に、リスクベースドメンテナンス(RBM)の基本原理(POF×COF)、簡易3段階評価から API 581 GFF法までの評価手法、ISO 55000・API 580/581・HPIS Z106等の産業別規格体系、そして関西電力の保全コスト50%削減事例を含む実践導入手順を体系的に解説する。

2026年4月4日22分で読める
【設備保全コスト最適化 #3】予防保全からリスクベースドメンテナンスへ — POF/COF評価と産業別規格の実践ガイド

1. 予防保全の「盲点」 — なぜ一律の点検が破綻するのか

1-1. 時間基準保全(TBM)が抱える根本的な矛盾

日本の製造業・インフラ業界で最も広く採用されている保全方式は、時間基準保全(TBM: Time-Based Maintenance)である。「年1回の定期点検」「4年ごとの開放検査」「6ヶ月ごとのフィルタ交換」——こうしたメーカー推奨周期に従うスケジュール型保全は、事後保全(壊れてから直す方式)と比較して12〜18%のコスト削減効果があるとされ、予防保全の基本形として広く定着してきた[1]

しかし、TBMには見過ごされがちな矛盾がある。すべての設備を"同じ重さ"で扱ってしまうのである。

具体例で考えてみよう。ある化学工場に100台のポンプがあるとする。うち5台は腐食性流体を扱い、過去10年で3回の漏洩事故を起こしている。残り95台は清水系で、故障歴はほぼゼロである。TBMのもとでは、この100台すべてに同一周期の点検が実施される。結果として何が起きるか。

  • 故障リスクが極めて低い95台に対して、不要な点検コストが発生する(過剰保全
  • 一方で予算に限りがある以上、本来手厚くすべき5台への追加検査が「予算不足」で見送られる(保全不足

つまり、予算の配分を間違えている。限られた保全予算が、リスクの大小と無関係に"平等に"ばらまかれている——これがTBMの構造的課題である。

1-2. 「どの設備を優先するか」に答える唯一の方法

この課題に対して、「経験豊富なベテランの判断で優先順位をつければいい」という意見もある。実際、多くの現場ではベテラン技術者の勘と経験が保全計画の実質的な基盤になっている。

しかし、東京大学の酒井信介教授は「リスクベースメンテナンスによる保全計画の合理化」[9]の中で、この属人的アプローチの限界を指摘している。ベテランの暗黙知は「自分が経験した範囲の設備」に限定されがちであり、工場全体を横断する体系的な優先順位づけには、個人の経験を超えた"共通の物差し"が必要だというのである。

その"共通の物差し"こそが、リスク=POF×COFである。


2. RBMの核心 — 「リスク=POF×COF」の本質を理解する

2-1. なぜ「掛け算」なのか — 2軸で見ることの意味

リスクベースドメンテナンス(RBM: Risk-Based Maintenance)の基本式は、極めてシンプルである。

リスク = 故障発生確率(POF)× 故障影響度(COF)

POF(Probability of Failure)は「その設備がどれくらいの確率で壊れるか」、COF(Consequence of Failure)は「壊れたときにどれだけの被害が出るか」を意味する。

ここで重要なのは、この2つは独立した軸であるという点だ。直感に反するかもしれないが、「壊れやすい設備」は必ずしも「壊れたら大変な設備」ではない。逆もまた然りである。

たとえば、工場内の照明器具は比較的故障しやすい(POFが高い)が、壊れても生産は止まらない(COFが低い)。一方、非常用発電機はめったに故障しない(POFが低い)が、災害時に動かなければ壊滅的な結果を招く(COFが極めて高い)。

この2軸を掛け合わせることで、初めて「本当に怖い設備」が可視化される。故障しやすく、かつ壊れたら甚大な影響が出る設備——これこそが最優先で保全リソースを投入すべき対象であり、逆に両方が低い設備については点検頻度を下げてもよい。RBMの本質は、この「メリハリ」を合理的につける仕組みにある。

2-2. RBMとEAMの関係 — データ基盤なしにリスク評価はできない

RBMを機能させるには、設備ごとの故障履歴・稼働条件・修理コストが整理されている必要がある。「このポンプは過去5年で何回故障したか」「故障するとラインは何日止まるか」——こうしたデータがなければ、POFもCOFも評価のしようがない。

ここで重要な接点となるのが、EAM(Enterprise Asset Management:設備資産管理)である。EAMシステムは、設備台帳・保全履歴・コストデータを資産単位で一元管理する仕組みであり、前回記事で述べたアセット単位のコスト管理をソフトウェアとして実装したものといえる。EAMに蓄積されたデータは、そのままRBMにおけるPOF/COF評価の基礎データとなる。

つまり、本シリーズで提示している3つの要素は「①アセット単位管理 → ②リスク評価(RBM) → ③コスト統合(EAC)」という順番で積み上がる構造であり、前段が整っていないと次段は機能しない。


3. POF(故障確率)— 「壊れやすさ」をどう見積もるか

3-1. 発生確率を左右する5つの因子

故障確率の見積もりにおいて、検討すべき因子は主に5つある[2]

因子

問いかけ

具体例

操業状況による劣化蓄積

過酷な条件で使われているか?

高温・高圧・腐食性流体を扱う配管は、清水系より劣化が速い

現在の設備状態

直近の点検で何がわかったか?

残存肉厚の測定値が設計値の70%を切っていれば要注意

予防措置の有効性

今やっている点検で劣化を見つけられるか?

内部腐食を外観点検だけで見つけることは困難

設計マージン

壊れるまでにどれだけ余裕があるか?

安全率2.0で設計された圧力容器は、1.2のものより余裕がある

同種設備の数量

母数が多ければ「どれかは壊れる」

同型ポンプ100台あれば、年1%の故障率でも毎年1台は壊れる計算

これら5つの因子は、いずれも定性的に評価可能である。特別な計算ツールがなくても、現場の知見と過去データがあれば判断できる。

3-2. 簡易3段階評価 — 明日から使える現実的な手法

「リスク評価」と聞くと大がかりなプロジェクトを想像しがちだが、実は3段階の簡易評価から始めることが可能であり、これだけでも保全計画の質は大きく変わる[2]

確率区分

判定基準

考え方

過去に3回以上故障を経験した事象

繰り返し壊れるなら、次も壊れると考えるのが合理的

過去に1回以上故障、または故障兆候がある

前例があるか、兆候が出ているなら油断できない

過去に故障経験なし

実績として壊れていないなら、確率は相対的に低い

この基準の優れた点は、「過去の故障回数」という客観データだけで分類できることにある。属人的な判断を排除し、誰が評価しても同じ結果が得られる。前回記事で整理したアセット単位のデータ管理が機能していれば、設備ごとの故障回数を集計するだけでPOFの3段階評価は完了する。

3-3. 定量的POF評価 — API 581のGFF法

石油・化学プラントのように、漏洩が火災・爆発に直結する業界では、3段階評価では不十分なケースがある。こうした業界で標準的に用いられているのが、API RP 581(米国石油協会のリスクベース検査技術規格)が規定するGFF法(Generic Failure Frequency Method)である[3]

GFF法の考え方は、次の3つの要素を掛け合わせるものである。

Pf(t) = gff × FMS × Df(t)

まずgff(一般故障頻度)は、業界全体の統計データから算出された「その種類の設備がどの程度の頻度で壊れるか」の基準値である。配管、タンク、熱交換器など設備種別ごとに値が定められている。いわば「世界中の同じ設備が、平均してどの程度壊れているか」という出発点だ。

次にFMS(管理システム係数)は、自社の保全管理体制がどれだけ優れているかを反映する補正値である。検査品質、腐食管理の実効性、設計規格への遵守度などを評価して係数化する。保全管理が優秀な事業所ほどFMSは低くなり、故障確率も低く見積もられる。日常の保全努力が数値として報われる仕組みといえる。

最後にDf(t)(損傷係数)は、個別設備の劣化進行度を時間の関数として表す。一般的な減肉、応力腐食割れ、高温水素侵食など8つの損傷メカニズムをカバーし、実測データ(肉厚測定値など)に基づいて算出される[3]

要約すれば、GFF法とは「業界平均の故障頻度」を出発点に、「自社の管理力」と「個別設備の劣化度」で補正する手法である。自社の努力と実態が定量的に反映される設計になっている点が、この手法の本質的な強みだ。


4. COF(故障影響度)— 「壊れたら何が起きるか」を直視する

4-1. 3つの影響軸と「最も怖いシナリオ」の特定

故障影響度は、次の3つの軸で評価する[2]

① 財務影響 — 生産が止まるとどれだけ損をするか

最もわかりやすい軸である。「1日あたりの生産損害額 × 停止日数」で概算できる。たとえば日産1,000万円のラインが10日間停止すれば1億円の損失になる。ただし予備品を常備しておけば停止を3日に短縮できるかもしれない——こうした緩和策の有無もCOF評価に組み込む。

② 品質影響 — 不良品が顧客に届くリスク

設備故障が製品品質に直接影響する場合、顧客損害・リコール・ブランド毀損まで含めた影響を評価する。食品・医薬品・半導体など「品質事故が致命的」な業界では、この軸の重みが最大になることがある。

③ 安全・環境影響 — 人が傷つくか、環境を汚すか

有害物質の漏洩、火災・爆発、有毒ガスの拡散。化学プラントや石油精製所では、この軸が他のすべてに優先する。API 581 Part 3では、この安全・環境影響を「可燃性」「毒性」「非可燃性・非毒性」の3カテゴリに分類し、影響範囲(被害半径)を定量的に算出する手法が示されている[3]

重要なのは、業界・設備によって「最も怖い軸」が異なるという点である。石油化学では安全影響が支配的だが、半導体工場では品質影響が、インフラ事業では財務影響(長期稼働停止による住民サービス途絶)が最大の懸念となることが多い。自社の事業特性に照らして、どの軸を重視するかを明確にすることがCOF評価の第一歩となる。

4-2. 簡易3段階評価 — 「停止日数」で切る実践的な基準

POFと同様に、COFも簡易3段階から始められる[2]

影響区分

判定基準

現場的な意味

故障すると生産工程が10日以上停止

部品調達に時間がかかる、専門業者の手配が必要

故障すると1〜9日停止

自社対応可能だが一定期間の稼働損失は不可避

1日以内で復旧、または停止不要(予備機稼働)

予備品・予備機でカバーできる

この基準の実務的な利点は、予備品管理との連動にある。COFが「大」の設備であっても、適切な予備品を確保することで停止日数を短縮し、COFを「中」や「小」に下げることができる。つまりCOFは固定値ではなく、緩和策によって意図的にコントロールできる変数なのである。


5. 産業別規格の体系 — 「共通の原理」と「業界固有の実装」

5-1. 2つの国際規格が描く共通基盤

RBMの考え方は産業横断的に通用するが、具体的な評価手法は業界ごとに異なる。その全体像を理解するには、まずすべての産業に共通する2つの上位規格を押さえておく必要がある。

ISO 55000シリーズ(アセットマネジメント) は、設備資産を「組織が価値を生み出すための源泉」と位置づけ、取得から運用・保全・廃棄までのライフサイクル全体を通じた最適管理を体系化した国際規格である[4]。2024年に改訂されたISO 55000:2024では、リスクベースの意思決定がアセットマネジメントの中核概念として一層強調されている。アセットの重要度(クリティカリティ)に基づいてリソースを配分し、高リスク資産に優先的に保全リソースを投入する——これはまさにRBMの考え方そのものである。 ISO 31000:2018(リスクマネジメント) は、リスクの特定・分析・評価・対応というプロセスを産業横断的に規定した汎用フレームワークである[5]。設備保全に限らず、財務リスク、コンプライアンスリスク、オペレーショナルリスクにも適用される。RBMにおいてISO 31000が果たす役割は、「リスク評価をどのような手順で、誰が、どの頻度で行うか」というプロセス設計の指針を提供することにある。

つまり、ISO 55000が「何のためにリスク評価をするか(=資産価値の最大化)」を、ISO 31000が「どのようにリスク評価をするか(=プロセスの枠組み)」を規定し、その上に業界固有の具体的手法が乗る——という3層構造になっている。

5-2. 石油・化学産業 — API 580/581の5×5リスクマトリクス

石油・化学産業において事実上のグローバル標準となっているのが、API(American Petroleum Institute:米国石油協会)のAPI RP 580/581である[6]

API RP 580は「リスクベース検査(RBI)で何をすべきか」を規定する原則・最低要件のガイドラインであり、API RP 581は「それをどう計算するか」を規定する定量的手法の実務マニュアルである。API 581は5部構成で、Part 1(概論)、Part 2(POF計算)、Part 3(COF計算)、Part 4(検査計画策定)、Part 5(特殊設備)からなる[3]

POFは前述のGFF法でカテゴリ1〜5に、COFは影響範囲と経済的損失からカテゴリA〜Eに分類される。この2軸を5×5のリスクマトリクスにプロットすることで、各設備の検査優先度と最適な検査間隔が一目で把握できるようになる[3]

DNVが解説するように、RBIの本質は「すべての設備を同じ頻度で検査する代わりに、リスクの高い設備に検査リソースを集中させる」ことにある[10]。これは、本記事の冒頭で述べた「一律保全の矛盾」に対する、石油化学産業からの回答である。

日本では、日本高圧力技術協会(HPI)がHPIS Z106:2010「リスクベースメンテナンス」として国内向けの規格を策定している[7]。API 580/581の考え方を国内の高圧ガス設備の実態に合わせて具体化したもので、補強ハンドブック(HPIS Z107-1TR〜4TR)には減肉・応力腐食割れなど損傷メカニズム別の係数が整備されている。

5-3. その他の産業 — 同じ原理、異なる実装

産業

主要規格

RBMとしての特徴

電力

ASME PCC-3

圧力設備の検査計画にリスクベースを適用。関西電力が2002年にRBMを導入し、火力発電所4拠点で保全コスト約50%削減の見通しを得た先駆的事例がある[8]

航空

SAE JA1011/JA1012

RCM(Reliability Centered Maintenance:信頼性中心保全)の国際基準。故障モード分析(FMEA)に基づき、故障の物理的メカニズムから保全方式を導出する

鉄道

EN 50126

RAMS(Reliability, Availability, Maintainability, Safety)に基づくライフサイクル管理。安全要件とリスク評価を統合した厳密なアプローチ

食品

HACCP

危害要因分析に基づく重要管理点の設定。設備故障が食品安全にどう影響するかという視点でリスクを評価

注目すべきは、産業が違ってもRBMの基本構造(POF×COFでリスクを評価し、優先順位をつける)は共通しているという事実である。違うのは、POFとCOFの中身(何を測り、どう数値化するか)と、許容リスクの水準だけだ。


6. RBMの実践 — 規格に基づくリスク評価と段階的導入

6-1. 本来あるべき姿 — ISO 55000+産業別規格に基づくリスク評価

RBMの導入において、本来推奨されるのはISO 55000のアセットマネジメント体系を基盤とし、自社の属する産業の規格に基づいたリスク評価を構築することである。

たとえば石油・化学プラントであれば、ISO 55000のフレームワークのもとでAPI 580/581の5×5リスクマトリクスを適用し、GFF法でPOFを定量的に算出する。電力事業ならASME PCC-3に基づく検査計画を策定する。鉄道ならEN 50126のRAMS分析を実施する。業界ごとに蓄積された知見と統計データが規格に織り込まれているからこそ、これらの規格に準拠した評価は精度が高く、監督官庁や社内のリスク管理委員会に対する説明力も持つ。

関西電力が2002年に火力発電所で達成した保全コスト約50%削減[8]も、単純な簡易評価ではなく、主要機器ごとの劣化メカニズム分析と長年蓄積した点検データに基づく定量的リスク評価の結果である。同社のアプローチは、設備情報のIT一元管理と組み合わせることで、組織的・継続的にリスク評価を更新できる仕組みとして構築されている。

米国エネルギー省(DOE)のデータでも、規格に基づくリスクベース・予知保全を予防保全と組み合わせたハイブリッドアプローチが最も費用対効果が高いとされ、予防保全単独と比較して8〜12%の追加コスト削減、緊急修理70〜75%削減、ダウンタイム50〜60%短縮という成果が報告されている[1][11]

6-2. 現実的な入口 — 簡易3段階評価の位置づけ

とはいえ、API 581のGFF法やEN 50126のRAMS分析を最初から導入できる組織は限られる。専門人材の確保、データ基盤の整備、外部コンサルティングの費用など、本格導入には相応の投資が必要である。

そこで第2章・第3章で紹介した簡易3段階評価(POF:大/中/小 × COF:大/中/小)が、「意識づけ」と「第一歩」として意味を持つ[2]

この簡易評価は、あくまでリスクベースの考え方を組織に浸透させるための導入ステップである。精密なリスク評価ではない。しかし、これまで「すべて一律」だった保全計画に対して、初めて「この設備は本当にこの頻度で点検する必要があるのか?」という問いを立てることができるようになる。ここに価値がある。

簡易評価で得られる主な大きく2つである[2]

第一に、「低リスク領域」の過剰保全の発見。 故障したことがなく、壊れても影響が小さい設備に対して毎期漠然と実施している点検がないか。こうした点検の周期延伸・簡素化を検討するだけでも、保全予算の再配分が可能になる。
第二に、「中リスク領域」の緩和策の検討。 COFが大きい設備であっても、予備品を確保して復旧期間を短縮できればCOFは下がる。POFが高い設備にIoTセンサーを設置して劣化兆候を早期検知できれば、計画外停止を回避できる。リスクは固定値ではなく、意図的にコントロールできる変数である。

6-3. 簡易評価から規格準拠への成長パス

RBM導入の理想的なロードマップは、以下のように段階的に精度を上げていく形である。

段階

手法

精度

前提条件

Phase 1

簡易3段階評価(3×3マトリクス)

定性的

アセット単位の故障履歴があれば着手可能

Phase 2

産業別規格に基づく定量評価(API 581の5×5、HPIS Z106等)

半定量〜定量的

損傷メカニズムの特定、肉厚測定等の検査データ

Phase 3

ISO 55000体系に統合されたリスクベースアセットマネジメント

全社統合

EAMによる資産データ一元管理、経営レベルのリスク方針

Phase 1で「リスクベースで考える」文化を根づかせ、Phase 2で産業規格に基づく精度の高い評価に移行し、Phase 3で経営全体のアセットマネジメント戦略としてRBMを位置づける。重要なのは、Phase 1に留まり続けないことである。簡易評価はあくまで出発点であり、最終的には自社の産業に適した規格に準拠した体系的なリスク評価を目指すべきである。

こうした段階的な成熟を支えるのが、前回記事で解説したアセット単位のデータ管理と、EAMシステムによるデータ基盤である。日々の保全活動で蓄積されるデータの質と量が、リスク評価の精度を決定する。


まとめ

リスクベースドメンテナンス(RBM)は、「すべての設備を一律に保全する」という予防保全の常識を転換し、リスクに応じたメリハリある保全を実現する手法である。

  1. 基本原理: リスク=POF(故障確率)×COF(故障影響度)。この2軸でリスクを可視化し、保全リソースを最適配分する
  2. 産業別規格の体系: ISO 55000/ISO 31000が共通基盤を提供し、API 580/581(石油・化学)、HPIS Z106(国内高圧ガス)、SAE JA1011(航空)、EN 50126(鉄道)が業界固有の評価手法を規定する。本格的なRBMは、こうした産業規格+自社の蓄積データに基づく定量評価で実現される
  3. 段階的な導入: 簡易3段階評価は「リスクベースで考える文化」を組織に根づかせる入口として有効だが、最終的には自社が属する産業の規格に準拠した体系的評価を目指すべきである
  4. 実証された効果: 関西電力は規格に基づくRBMで保全コスト約50%削減、DOEデータでは緊急修理70〜75%削減。効果の源泉は「保全を減らす」のではなく「配分を最適化する」こと

本シリーズの第1回で提示した3要素のうち、第1要素「アセット単位管理」と第2要素「リスクベースの取捨選択」を解説した。次回は最後の要素、「運転コストと資本コストの統合管理」に進む。修理し続けるべきか、更新すべきか——EAC(等価年間コスト)を用いた合理的な意思決定手法を解説する。


📚 連載:設備保全コスト最適化 実践ガイド

  1. 設備保全コスト削減の3要素 — 老朽化時代の体系的アプローチ
  2. 設備保全コストの可視化 — アセット単位管理で脱却
  3. ▶ 予防保全からリスクベースドメンテナンスへ — POF/COF評価と産業別規格の実践ガイド(この記事)

参考文献

技術文書・規格

[1] U.S. Department of Energy, "Operations & Maintenance Best Practices Guide, Release 3.0, Chapter 5: Types of Maintenance Programs"

https://www1.eere.energy.gov/femp/pdfs/OM_5.pdf

[2] 株式会社設備保全総合研究所, 「設備管理コストマネジメント」ウェビナー資料(要素②:リスクベース・未来試行で取捨選択)

[3] Cenosco, "Exploring API 581: Delving into Risk-Based Inspection Calculations"

https://cenosco.com/insights/api-581-rbi-calculations

[4] ISO, "ISO 55000:2024 — Asset management — Vocabulary, overview and principles"

https://www.iso.org/standard/83053.html

[5] Newton Consulting, "ISO31000:2018 リスクマネジメント―指針"

https://www.newton-consulting.co.jp/bcmnavi/guideline/iso31000.html

[6] iFluids Engineering, "What Is Risk-Based Inspection? API 580/581 Explained"

https://ifluids.com/blog/what-is-risk-based-inspection-api-580-581-explained/

[7] 一般社団法人日本高圧力技術協会, 「HPIS Z106:2010 リスクベースメンテナンス」規格・基準販売

https://www.hpij.org/publication

[8] 関西電力株式会社, 「リスクベースメンテナンス(RBM)手法の導入による火力発電所メンテナンスコストの大幅な削減について」(2002年1月28日)

https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2002/0128-1j.html

学術論文・専門解説

[9] 酒井信介, 「リスクベースメンテナンスによる保全計画の合理化」オペレーションズ・リサーチ, Vol.57, No.9, pp.493-499

https://orsj.org/wp-content/corsj/or57-9/or57_9_493.pdf

[10] DNV, "Terminology Explained: What is Risk-Based Inspection (RBI)?"

https://www.dnv.com/article/terminology-explained-what-is-risk-based-inspection-rbi--207837/

[11] Maintenance Statistics: Predictive & Preventive, Labor & Costs, UpKeep

https://upkeep.com/learning/maintenance-statistics/


次回予告

第4回: EAC(等価年間コスト)による設備投資の意思決定

  • EAC = CR(資本回収コスト)+ OC(運転コスト)の概念
  • Defender-Challenger Method — 修理し続けるか、更新するかの比較手法
  • IoTデバイス導入による点検周期適正化の経済評価

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