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予防保全とは?TBM・CBMの違いと導入5ステップ — 過剰保全を避ける判断軸【業界別 予防保全ガイド #1】

予防保全とは何か、事後保全とどう使い分けるかをJISの定義から整理。TBM(時間基準保全)とCBM(状態基準保全)の違い、「やればやるほど良い」わけではない過剰保全の落とし穴、導入の5ステップまでを解説します。

2026年8月23日15分で読める
予防保全とは?TBM・CBMの違いと導入5ステップ — 過剰保全を避ける判断軸【業界別 予防保全ガイド #1】

1. 予防保全とは何か — 定義と保全方式の全体地図

1-1. JIS が定める「予防保全」の定義

大前提として、予防保全には以下のような意味合いがあり、その定義を確認する。設備保全の用語は現場ごとに使い方が揺れがちで、議論がかみ合わない原因になりやすいからである。

日本産業規格 JIS Z 8115:2019「ディペンダビリティ(総合信頼性)用語」は、予防保全(Preventive Maintenance)を次のように定義している[1]

アイテムの劣化の影響を緩和し、かつ、故障の発生確率を低減するために行う保全(192-06-05)

対になる概念が事後保全(Corrective Maintenance)である。

フォールト検出後、アイテムを要求どおりの実行状態に修復させるために行う保全(192-06-06)

要するに、故障が起きる「前」に手を打つのが予防保全、起きた「後」に直すのが事後保全である。定義そのものはシンプルだが、実務では「どの設備に、どちらを、どの深さで適用するか」の設計がすべてであり、それが本記事の主題である。

1-2. 保全方式の全体地図

予防保全・事後保全の下には、さらに細かい方式の分類がある。全体像を一枚の地図として整理しておこう。

保全方式

JIS上の位置づけ

トリガー

計画的な事後保全

事後保全

故障の発生(ただし影響が小さく計画的に対応)

予備機がある小型ポンプの故障対応

緊急保全(計画外の事後修理)

事後保全

突発故障

ライン停止を伴う突発修理

時間基準保全(TBM)

予防保全(時間計画保全 192-06-13)

経過時間・稼働時間・生産量

年1回の定期点検、5,000時間ごとの部品交換

状態基準保全(CBM)

予防保全(状態基準保全 192-06-07)

状態監視データの閾値

振動値が基準を超えたら軸受を交換

予知保全(PdM)

CBMの発展形

状態データからの故障予測

劣化トレンドから残存寿命を推定して計画交換

改良保全・更新

(保全と投資の境界)

劣化・陳腐化の進行

材質変更、設備更新

現場でよく使われる「予知保全」は、JIS Z 8115:2019 の中では独立した用語としては定義されておらず、物理的状態の評価に基づく予防保全=状態基準保全(192-06-07)の枠組みの中で捉えられる[1]。本シリーズでは、閾値監視までを CBM、劣化予測に踏み込んだものを予知保全(PdM)と呼び分けることにする。

1-3. 数字で見る日本の保全の現在地

では、日本の製造業は実際にどのくらい「予防」に軸足を置けているのか。

日本プラントメンテナンス協会(JIPM)の2022年度メンテナンス実態調査[2]によれば、日本の製造業の総保全費は推計約11兆1,699億円、製造品出荷額に対する比率は3.38%にのぼる。保全は、それ自体が兆円単位の巨大なコスト領域なのである。

その保全費の性格別の内訳(2022年度)はこうなっている[2]

  • 予防保全費用: 30.5%
  • 予知保全費用: 5.7%
  • 計画的な事後保全費用: 15.8%
  • 計画的な更新・改良保全等の費用: 17.5%
  • 計画外の緊急保全(事後修理): 17.6%

予防保全と予知保全を合わせて36%程度まで「事前の手当て」が進んでいる一方、計画外の緊急保全がいまだに保全費の約18%を占める。突発故障は修理費そのものに加えて、生産停止・納期遅延・品質影響という間接損失を伴う。この「計画外の18%」をどれだけ計画の側に移せるかが、多くの現場に共通する課題である。

さらに背景として設備と人の老朽化がある。国土交通省の推計では、建設後50年を経過する社会資本は2023年時点で道路橋の約39%、2033年には約63%に達する[3]。工場設備も同じ時代に集中投資されたものが多く、劣化は静かに進んでいる。同調査[2]では保全費に占める外注費の割合が前年の45.0%から56.1%へと大きく上昇しており、社内に保全人材を確保しきれず外部に頼る構造変化も進む。「経験豊富なベテランが異変に気づいて未然に防ぐ」という暗黙の予防保全が成立しにくくなっている以上、仕組みとしての予防保全の重要性は今後さらに高まっていく。


2. 事後保全との違い — 「どちらが得か」は設備ごとに決まる

2-1. 事後保全は「悪」ではない

予防保全の解説記事は「事後保全からの脱却」を説くものが多い。しかし正確に言えば、事後保全が合理的な設備は確実に存在する

たとえば、予備機に自動で切り替わる小型ポンプ、故障してもラインが止まらない照明や小型ファン、部品が安価で交換が数分で済む機器。こうした設備に手厚い定期点検を行うのは、保険料が損失額を上回っている状態であり、むしろ不合理である。

逆に、故障すればライン全体が止まる基幹設備、二次災害につながる高圧・高温設備、納期直結の単一系統設備では、事後保全は「最も高くつく選択」になる。つまり問いは「事後か予防か」ではなく、「どの設備を予防の側に置くか」である。

2-2. コスト差の実証データ — 12〜18%という数字

方式ごとのコスト差については、米国エネルギー省(DOE)の O&M ベストプラクティスガイドが広く参照される実証値を示している[4]

  • 予防保全(時間基準)は、事後保全のみの運用と比較して12〜18%のコスト削減
  • 予知保全(状態基準・予測型)は、予防保全と比較してさらに8〜12%の削減

重要なのは、この数字が「壊れる前に直すほうが修理費が安い」ことだけを意味しない点である。計画的に止めれば、部品と人員を事前に手配でき、停止時間を生産計画の谷間に寄せられる。突発停止に伴う機会損失まで含めると、実際の差はこの数字より大きくなるケースが多い。

2-3. 使い分けの判断軸 — 影響度×予見性のマトリクス

では、どの設備を予防保全に振り分けるべきか。実務で使いやすいのは、故障影響度劣化の予見性の2軸で整理する方法である。

劣化を予見しやすい(摩耗・腐食など進行性)

予見しにくい(突発的・ランダム)

故障影響が大きい

予防保全の本命。TBM/CBMを重点投入

冗長化・予備品戦略+CBM/予知保全の技術検討

故障影響が小さい

簡易TBM(給油・清掃など低コスト施策のみ)

計画的な事後保全で割り切る

この「影響度で濃淡をつける」という考え方を体系化したのが、リスクベースメンテナンス(RBM)である。判断基準を精緻化する際の具体的手法は、本サイトのリスクベースドメンテナンス解説記事で詳しく扱っている。


3. TBMとCBM — 予防保全の2つの方式をどう使い分けるか

3-1. TBM(時間基準保全)— 分かりやすさが最大の武器

TBM(Time-Based Maintenance)は、JIS でいう時間計画保全(192-06-13)、すなわち「規定した時間計画に従って実行される保全」である[1]。カレンダー時間・稼働時間・生産量など、あらかじめ決めた周期で点検・交換を行う。

TBM の強みは運用の単純さにある。計画が立てやすく、法定点検との整合も取りやすく、外注仕様書にも落とし込みやすい。設備側にセンサや監視の仕組みがなくても、今日から始められる。

一方で構造的な弱点がある。周期は「平均的な劣化」を想定して決めるため、個々の設備の実際の状態とはズレることである。まだ使える部品を交換する無駄(過剰保全)と、周期の谷間で起きる故障の見逃し(保全不足)が同時に発生し得る。この問題は第4章で改めて扱う。

3-2. CBM(状態基準保全)— 「状態が教えてくれる」保全

CBM(Condition-Based Maintenance)は、JIS の状態基準保全(192-06-07)、「物理的状態の評価に基づく予防保全」である[1]。振動・温度・電流値・油中の摩耗粉・超音波など、設備の状態を示すデータを監視し、閾値を超えたときに保全を実行する。

CBM の本質は、交換のタイミングを「時間」ではなく「状態」に語らせることにある。劣化が遅ければ部品を長く使え、劣化が早ければ故障前に検知できる。TBM が抱える「平均とのズレ」の問題を、原理的に解消できる方式である。

かつて CBM は、高価なオンライン監視システムを組める一部の大型設備の話だった。しかし近年は無線振動センサや IoT ゲートウェイの低価格化で導入の敷居が大きく下がり、月次のポータブル測定から始める「軽い CBM」も現実的になっている。

3-3. 予知保全(PdM)はCBMの発展形

「予知保全」という言葉は、CBM とほぼ同義で使われたり、AI による故障予測を指したりと、業界内でも揺れがある。整理すると、閾値を超えたら対応するのが CBM、状態データのトレンドから故障時期や残存寿命を予測して先回りするのが予知保全(PdM: Predictive Maintenance)と捉えるのが実務的である。

DOE のガイドが示すように、予知保全は予防保全比でさらに 8〜12%のコスト削減余地を持つ[4]。ただし前提として、予測モデルの土台になる故障履歴・保全記録・状態データの蓄積が不可欠である。データがなければ予知保全は始まらない。この点は第5章の導入ステップで触れる。


4. 過剰保全という落とし穴 — 「やればやるほど安全」ではない

4-1. 一律の周期が生む「過剰」と「不足」の同時発生

予防保全を導入した現場が数年後に直面しやすいのが、過剰保全の問題である。

メーカー推奨周期をそのまま全設備に適用すると、故障リスクがほとんどない設備にも同じ密度の点検が入る。点検には費用だけでなくリスクもある。分解・復旧の作業自体がヒューマンエラーや初期故障を持ち込むことがあり、「開けなければ壊れなかった」という皮肉な事態も起こり得る。

しかも保全予算は有限である。リスクの低い設備に予算を使えば、本来手厚くすべき設備への投資が「予算不足」で削られる。過剰保全と保全不足は、別々の問題ではなく同じ予算配分ミスの表と裏なのである。

4-2. リスクで濃淡をつける — 実績が示す削減余地

この問題への処方箋が、故障の発生確率(POF)と影響度(COF)で保全の優先順位を決めるリスクベースメンテナンス(RBM)である。

実績も報告されている。関西電力は火力発電所の定期点検に RBM 手法を導入し、4発電所への適用結果から、リスク評価に基づいて点検の濃淡を設計することで従来コストを50%程度削減できる見通しを得たと公表している[5]。また、東京大学の酒井信介教授が指摘するように、ベテランの経験則は「本人が経験した範囲」に限定されるため、工場全体を横断する優先順位づけにはリスクという共通の物差しが必要になる[6]

予防保全の導入とは、点検を増やすことではない。限られた保全資源を、リスクに比例して配分し直すことである。この視点を最初から持っておくと、数年後の「点検疲れ」を避けられる。

4-3. 「直し続けるか、更新するか」まで含めて考える

予防保全の徹底は、老朽設備の延命という論点に必ず突き当たる。修繕費を投じ続けるべきか、更新すべきか——この判断には、運転コストと資本コストを同じ物差しに載せる EAC(等価年間コスト) の考え方が有効である。考え方と計算手順は本サイトのEAC 解説記事で詳述している。予防保全の計画と更新投資の判断は、この物差しの上でひとつにつながる。


5. 予防保全 導入の5ステップ

ここからは、事後保全中心の現場が予防保全を立ち上げる実務手順を5ステップで示す。

Step 1: 対象設備を選ぶ — 全設備に一斉導入しない

最初にやるべきは設備台帳の整備と重要度評価である。第2章のマトリクス(影響度×予見性)を使い、予防保全の対象にする設備を絞り込む。全設備への一斉導入は、運用が回らず形骸化する典型パターンである。

このとき、設備を「工程まとめて」ではなく個別の資産単位で捉える視点が重要になる。資産単位の管理体系については EAM(設備資産管理)の解説記事が参考になる。

Step 2: 方式と周期を設計する

対象設備ごとに、TBM か CBM か、周期や閾値をどうするかを決める。初期はメーカー推奨値や法定周期を出発点にしてよいが、「なぜこの周期なのか」を記録に残すことが後の見直しを可能にする。根拠のない周期は、見直しもできない。

Step 3: 計画に落とし込み、作業を標準化する

年間保全カレンダーを作成し、生産計画と調整する。作業手順書・チェックリスト・使用部品を標準化し、誰が実施しても同じ品質になる状態を目指す。外注費比率が56.1%まで高まっている現在[2]、標準化は外注管理の品質を左右する土台でもある。

Step 4: 記録を残し、データを蓄積する

実施した点検の結果、交換した部品、発見した異常、かかった費用——これらの記録が、周期最適化と予知保全化の唯一の原資である。紙や Excel の台帳は記録の分断と属人化を招きやすく、蓄積したデータを分析に使えない。保全記録の仕組み化については CMMS 導入ガイドで詳しく解説している。

Step 5: 見直す — 周期は「決めたら終わり」ではない

1〜2年分の記録が貯まったら、故障実績と点検結果をもとに周期を見直す。「一度も異常が出ていない点検は周期を延ばす」「故障が周期の谷間で起きた設備は周期を縮めるか CBM に切り替える」といった調整を繰り返す。このPDCAこそが、予防保全を「儀式」ではなく「投資」にする。


6. 業界が違えば、予防保全は別物になる — 本シリーズの構成

ここまで述べた原則は業界共通だが、実際の予防保全の姿は業界ごとに驚くほど異なる

その差は数字にも表れている。JIPM の調査による製造品出荷額に対する総保全費比率は、化学で3.96%、鉄鋼で2.95%、半導体・電子部品で2.30%、輸送用機械で1.29%と、業界によって3倍以上の開きがある[2]。設備構成・規制・停止コスト・故障モードが違うためであり、「予防保全の教科書」を一冊書いても、そのまま使える業界はひとつもない。

本シリーズでは、次回以降、業界・設備別の各論を扱う。

  • 第2回: 半導体工場の予防保全 — 装置停止が許されない fab の保全体系。クリーンルーム・製造装置・ユーティリティの3層で解説
  • 第3回: 鉄鋼業の設備保全と予防保全 — 24時間連続操業を支える定修体系と高経年化対応
  • 第4回: 化学プラントの予防保全 — 法定検査・SDM(定修)・腐食管理と認定事業所制度
  • 第5回: 医薬・製薬設備の予防保全(GMP観点) — 品質システムの一部としての保全・校正・記録
  • 第6回: 研究開発設備の保全・点検 — データの信頼性と安全を守る、多品種少量設備の管理術

自社の業界の回から読み始められる構成であり、判断軸の全体像が必要になったときは本記事が起点になる。


参考文献

[1] 日本産業規格 JIS Z 8115:2019「ディペンダビリティ(総合信頼性)用語」(保全 192-06-01、予防保全 192-06-05、事後保全 192-06-06、状態基準保全 192-06-07、時間計画保全 192-06-13)

https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/index/?bunsyo_id=JIS+Z+8115:2019

[2] 公益社団法人日本プラントメンテナンス協会「2022年度 メンテナンス実態調査報告書」(総保全費推計・保全費の性格別分類・保全費の内訳)

https://www.jipm.or.jp/company/report/images/202309.pdf

[3] 国土交通省「社会資本の老朽化の現状と将来予測」

https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/02research/02_01.html

[4] U.S. Department of Energy, "Operations & Maintenance Best Practices Guide, Release 3.0, Chapter 5: Types of Maintenance Programs"

https://www1.eere.energy.gov/femp/pdfs/OM_5.pdf

[5] 関西電力株式会社「リスクベースメンテナンス(RBM)手法の導入による火力発電所メンテナンスコストの大幅な削減について」(2002年1月28日)

https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2002/0128-1j.html

[6] 酒井信介「リスクベースメンテナンスによる保全計画の合理化」オペレーションズ・リサーチ, Vol.57, No.9, pp.493-499

https://orsj.org/wp-content/corsj/or57-9/or57_9_493.pdf


次回予告

第2回: 半導体工場の予防保全 — 装置停止が許されないfabの保全体系

  • 装置ダウンタイムのコスト構造と稼働率経営
  • SEMI E10 に基づく装置の信頼性・保全性管理
  • クリーンルームインフラ(空調・純水・特殊ガス)の予防保全
  • FDC/APC による予知保全への発展
EMLink

運営

株式会社設備保全総合研究所

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